兵庫慎司の『思い出話を始めたらおしまい』

第二十七話:1997年に観た永積崇(前編)

月2回連載

第53回

illustration:ハロルド作石

「これに入ってる、SUPER BUTTER DOGっていうバンドの動きをチェックしとくように」

編集長(山崎洋一郎)にCDを渡され、そう言われたのが、永積崇という歌い手を知った最初だった。

S-KENが新人を集めた『SOUP UP』というコンピレーション・アルバムで、それ以降シリーズ化して、何作も出た中の1枚目である。確か2枚目には、clammbonやLaB LIFeが入っていたんじゃなかったっけ。

あ、clammbonは、説明の必要はないと思うが、LaB LIFeは、のちにPolarisで再デビューするオオヤユウスケがやっていたユニットです。彼とclammbonの原田郁子と永積崇、後年にohanaとしてアルバムをリリースした3人が、『SOUP UP』シリーズの1枚目と2枚目で揃っていた、ということですね。

なお、『SOUP UP』の1枚目、今調べたら、発売は1996年4月24日だった。SUPER BUTTER DOGの初のアルバム『犬にくわえさせろ』がインディ・リリースされる半年前である。

『犬にくわえさせろ』のプロデューサーは、『SOUP UP』と同じくS-KEN。SUPER BUTTER DOGは、この時点で、東芝EMIからメジャー・デビューすることが決まっていて、その前にインディーズから1枚出しておこう、ということだったのだと思われる。アルバムのクレジットの「Special Thanks」に、EMIのスタッフがふたり入っていたり、レコーディング・エンジニアのひとりが、当時EMIの社員エンジニアだった小田真氏だったりするので。

小田さん、3月に出た書籍『ウルフルズ『バンザイ』ザ・インサイド・ストーリー』で、インタビューさせてもらったばかりなので、今改めてお名前を見て「あ!」となりました。

音は、バンドとしては、(当時の日本のバンドとしては)めずらしいくらい、直球のどファンク。でも、そこにのっかる永積崇の歌声が、どこかフォーキー、かつ、何か醒めているというか、ひややかな感じがする。歌詞の内容も、シニカルだったり、虚無感があったり、何かをあきらめているような空気だったりする。

特に2曲目の「僕はこうきりだした」という曲のサビの歌詞。「僕はこうきりだした『どこへゆくんだい?』なんて 本当はやつのことなんて どーでもいーけどね」「僕はこうきりだした『調子はどうだい?』なんて 本当は君のことなんて 知る気もないけどね」。そんなことを歌詞にする人、初めて出くわした気がする。と、初めて聴いた時、思ったものだ。

その半年後、SUPER BUTTER DOGは、アルバム『FREEWAY』でメジャー・デビューする(この作品もS-KENがプロデュース)。基本の音楽的方向性は『犬にくわえさせろ』と同じく、ざっくり言うとどファンクな音&フォーキーな歌、だが、ヒップホップやハウス等の当時のクラブ・ミュージックと地続きな感じも、聴いて取れる。がっちり生のバンド・サウンドで、ラップしているわけでも、打ち込みを使っているわけでもないのに。

で、『犬にくわえさせろ』よりも、ボーカルの永積崇とキーボードの池田貴史のふたりで書いている割合が増えているリリックは、『犬にくわえさせろ』以上に勢いがありながら、『犬にくわえさせろ』以上に、無常観や虚無感や刹那感が、漂っている。

というふうに書いてみると、改めて思う。

そんなバンドがいたら、そりゃあ俺、好きになるわ、と。当時は、今ほどは、自分の趣味嗜好とか生理的な好みとかを把握できていなかったので、あんまりわかっていなかったが。

で。もうひとつ、当時の自分があんまりわかっていなかったことがある。

というのはですね。この連載の、今回と前回の主題は、「自分が知っている、今はとてつもないライブ強者だけど、最初は全然そんなことなかったボーカリスト」である。現在は向かうところ敵なしのすんごい歌を、客前で歌う人になっているが、自分が初めて観た時は、「ああ、音源はいいけどライブは苦手なんだな」くらいの感じだった人だ。そのひとりとして、前回はメジャーからの1枚目のアルバムを出したタイミングで、渋谷クラブクアトロでワンマンライブを行った時の、サニーデイ・サービスの曽我部恵一を挙げた。

というわけで。そうです。そのSUPER BUTTER DOGのメジャー・デビュー・アルバム『FREEWAY』のリリース・タイミングで、僕は彼らのライブを初めて観たのだが、良くなかったのです。

場所は、サニーデイと同じ渋谷クラブクアトロで、日付は1997年6月26日。アルバムの帯に、「6月7日 日比谷野音(イベント) / 6月26日 渋谷クラブクアトロ(ワンマン) / 6月27日 心斎橋クラブクアトロ(イベント)」と入っているので、この3本がメジャー・デビューのお披露目ライブだった、ということですね。

何が良くなかったって、まず、音源と比べると、ちゃんと演奏できていないし、ちゃんと歌えていなかったのだ。そもそもライブに慣れていないし、こういうバンドで歌うことにも慣れていないし、曲の合間にMCをすることにも慣れていない感じで。

当時のSUPER BUTTER DOGには、正式メンバーで女性コーラスがいたのだが、彼女の歌に食われてしまう感じだった。なお、彼女=山口めぐみは、3枚目のアルバム『Hello! FEED☆BACK』をリリースした後に脱退したが(1999年)、その後、UAのライブでバックで歌っているのを観たことがあって、「ああ、やっぱり、うまいと認められているんだなあ」と思ったのを憶えている。

というような印象を、初めてSUPER BUTTER DOGのライブを観た自分が持ったことの、何が「当時はわかっていなかった」のかというと、つまり、当時のSUPER BUTTER DOGは、ボーカリストとしても、楽器のプレイヤーとしても、レコーディングにおいても、ライブにおいても、非常に難易度の高いことをやろうとしていた、ということが、だ。

パンクとかならわかるけど、先に書いたような音楽性の楽曲=どファンクとフォーキーさとクラブのフロア感が渾然一体となったみたいな楽曲を、23歳やそこらで、「デビューまでライブ年間100本やってました」みたいなキャリアもない状態で、やろうとするの、そりゃあ大変よ。できないよ、普通。今でたとえると、King Gnuみたいな、ものすごい演奏力の人たちが最初から集まったバンドでもない限り。ましてや、レコーディングではなんとかなっても、ライブでいきなりは無理よ。という話である。

ただ、そこまで考えが及んでいなかった当時の自分は、そんな永積崇を観て、「ああ、音源はいいけど、ライブは不得意なんだなあ」と思ってしまったのだった。彼だけではないけど。リズム隊のふたり=ベースのTOMOHIKOとドラムの沢田周一も、大変そうだったけど。このバンドの音楽的な中枢を担っていたギターの竹内朋康は、すでに堂々としていたような気がするが、後のレキシ=池ちゃんこと池田貴史も、この頃はまだハジケきってはいなかった気がするし。MCはもう面白かったけど。で、ボーカルよりキーボードの方がしゃべりが立つって、めずらしい、とか思ったけど。

ただし。そんな永積崇が、ギター1本持ってステージに上がればもう無敵、みたいな、バケモンレベルの歌を歌う人になるまでに、そんなに時間はかからなかった。

SUPER BUTTER DOGで「サヨナラCOLOR」を出した頃(2001年)には、もうその片鱗は見えていたし。そして、その翌年にSUPER BUTTER DOGを休止して、ハナレグミとしての活動を始めてから、歌のすごさにどんどん拍車がかかっていった、と、記憶しているし。

後編に続く。

プロフィール

兵庫慎司
1968年広島生まれ東京在住、音楽などのフリーライター。この『思い出話を始めたらおしまい』以外の連載=プロレス雑誌KAMINOGEで『プロレスとはまったく関係なくはない話』(季刊)、ウェブサイトDI:GA ONLINEで『とにかく観たやつ全部書く』(月二回)。3冊目の著書が2026年3月19日に出ました。「ウルフルズ『バンザイ』ザ・インサイド・ストーリー」、リットーミュージックより発売中(全320ページ、2,500円+税)。

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