兵庫慎司の『思い出話を始めたらおしまい』

第二十八話:2026年に観たplentyと、2008年に観たplenty(前編)

月2回連載

第55回

illustration:ハロルド作石

50代の自分が、20年前とか30年前とか40年前とかに、観たライブや、その頃(というか、今も)好きだったバンドの思い出話を書く。そういう趣旨の連載なのに、plentyて。若すぎるでしょ。昔話にならないでしょ、それじゃあ。解散した時、もう俺、会社をやめてフリーのライターになってたし。つい最近じゃないの。

plentyについて書きたい、と思った時、己にそういうツッコミを入れたくなった。が、ちゃんと数えてみたら、自分がこのバンドの存在を知ってから、もう18年も経っているのだった。

なんだ。じゃあ、まあ、もういいじゃん。

というわけで、今回はplentyです。言うまでもないが、再始動したからです。で、その一発目のライブ、7月7日 LINE CUBE SHIBUYAを、観たからです。

最初にplentyの簡単な経歴を、書いておいた方がいいですね。

2004年に茨城県で結成。ボーカル&ギター江沼郁弥、ベース新田紀彰、ドラム吉岡紘希の3人で、2008年9月に上京。その時が一回目だった『RO69JACK』(優勝するとロッキング・オンのフェスに出られるコンテスト)に応募、優勝バンドのひとつに選ばれ、同年の12月31日、『COUNTDOWN JAPAN』に出演する。

2009年10月21日、ファースト・ミニアルバム『拝啓。皆さま』をリリース。2011年7月に吉岡紘希が脱退、サポート・ドラムで活動を続ける(syrup16gの中畑大樹が叩いていた)。

2014年8月、元the cabsのドラマー、中村一太が加入した。

で、トータルでフルアルバム4作、ミニアルバム3作を発表し、2017年9月16日、日比谷野外大音楽堂で、ラストライブ『拝啓。皆さま』を行い、解散。中村一太が脱退を申し出たことが、解散のきっかけになった、と、当時のインタビューで、江沼郁弥は話していた(※自分のインタビューではありません。読んだだけです)。

で、今年=2026年。デビュー15周年を記念して、1月と3月にベスト・アルバム2作が出ることが決まったのが契機になり、同年3月3日に、再始動することを発表。江沼のソロや江沼のバンド(DOGADOGA)や、江沼がバンマスのトニセン(20th Century)のバックバンドで叩いているドラマー、古市健太が加入した。

そして、前述のとおり、7月7日に新体制での初めてのライブを、LINE CUBE SHIBUYAで行った。このあとは、8月に3本、9月に1本、フェスに出演し、9月3日(木) 東京・恵比寿LIQUIDROOMから、全12本の全国ツアー『plenty re:birthツアー2026“いま終わりの先へ”』が始まる。なお、LINE CUBE SHIBUYAのアンコールで、その追加公演を10月24日(土) Zepp Haneda(TOKYO)で行うことが発表になり、ツアーは13本に増えた。

さて。7月7日 LINE CUBE SHIBUYAは、以下のようなセットリストだった。

【Set List】

1.蒼き日々
2.ボクのために歌う吟
3.人との距離のはかりかた
4.普通の生活
5.最近どうなの?
6.明日から王様
7.東京
8.空が笑ってる
9.よろこびの吟
10.空から降る一億の星
11.その叙情に
12.劣勢
13.砂のよう
14.ETERNAL
15.あいという
16.人間そっくり
17.待ち合わせの途中
18.風をめざして
19.ってかさあ

- アンコール -
20.はじまりの吟
21.枠
22.傾いた空

2017年9月16日 日比谷野外大音楽堂の、解散ライブ(もちろん観た)の、最後の曲だった「蒼き日々」を、plentyは、この日の1曲目に持ってきた。

という選曲や曲順も含め、歌と演奏も含め、照明などの演出も含め、たぶんこれ以上はないだろう、と思うくらい、最高の再始動ライブだった。

「明日から王様」や「東京」といった初期の曲から、(今のところの)最後のアルバムである『life』からの「風をめざして」まで、いつの時代も素晴らしい曲ばかりであること。どの曲も、年月を経てもまったく色褪せていないどころか、むしろ今の方がさらに輝いていたりする曲もあること。などを、改めて、実感した。

江沼のソロやDOGADOGAのライブを観ていたので、ライブ・パフォーマーとしての彼の健在ぶりは知っていたし、古市健太のドラムとの相性の良さも把握しているつもりだったが、やはり、plentyになると違う。「plentyの楽曲をやる、となると違う」のかもしれない。

解散後、音楽活動から離れていた(んだと思う) 新田紀彰も、プレイも佇まいも含めて、全然変わっていない感じで、それも良かったし、安心した。

plentyの曲って深刻な曲が多い、でもライブを深刻にしたくない、楽しくやりたい、みたいなことを、江沼はMCで何度か言った。気持ちはわかるけど、でも、その深刻さが、plentyの素晴らしさの、かなり大きな部分を占めていますよ。わかってると思うけど。と、言いたくなった。

あと、再始動にあたって江沼が公式サイトにアップした文章の中にも書いていた、新田紀彰という人のキャラクターに対して、「いっつもそう。これから先、plentyを続けようとする場合、あなたのそういうところが私を苦しめていく」と言い放って拍手を浴びたり、アンコールのMCで、古市健太がしっかりしている人だという話をしてから、新田に「我々もしっかりしないと。ドラマーっていうのはすぐやめるんだから」と言って爆笑を起こしたりしていたのも、何か、とても良かった。素の自分が、ダダ漏れになっている感じで。

それから、2017年9月16日 日比谷野外大音楽堂で、江沼アンコールを終えて去る時の、江沼の最後の言葉は、「さようなら!」だったが、今回は「またね」だったことにも、もう大変に、グッときた。

で。何よりもうれしかったのが、本編の最後に、新曲をやったことと、その曲がめったやたらと良かったことだ。

本来なら、今の曲で本編最後のはずだったんですけど、新曲をやって終わりにします。前に進んでいる感じをどうしても出したくて──と、曲に入る前に江沼は言った。

その新曲=「ってかさあ」は、ライブ終了直後、日付が変わると同時に配信リリースされた。前述の再始動発表の時の文章の中の「五十音じゃ足りない」という言葉が歌詞にあったりする、再始動に至った今の考えや今の感情が、そのまま描かれているような歌だ、と、僕は感じた。江沼ならではのメロディとコードワークも素晴らしくて、ソロやDOGADOGAではなくて、plentyだからこそ入るスイッチみたいなものが、彼の中にはあるのかもしれない、というようなことも、聴きながら考えた。

総じて言うと、観ながら、改めて、本当にしみじみした。という理由は、ふたつある。

ひとつめは、plentyの解散ツアーの1本目を観た時に、自分が書いたことを、思い出したからだ。仕事ではなく、今はほったらかしにしてしまっている、はてなブログに書きました。ブログはこちら

2017年6月2日にLIQUIDROOMで、plentyのラスト・ツアーの初日を観たら、あまりにも良くて、いろいろ考えてしまった、ということを書いている。そのあと、バンドって、再結成しないバンドよりも再結成するバンドの方が圧倒的に多い、「このバンドは再結成しないだろうなあ」と思っていたバンドも再結成した、だから、plentyだって、何があるかわからない、いつかあるかもしれない、と思う……いや、あると思います、くらい言った方がいいか──と書いて、終わっている。

9年前の俺よ。あったぞ。plentyの再始動。

と、観ながら言いたくなったのだった。というか、「あった」という事実を噛み締めながら、ライブを観たのだった。

それから、もうひとつの「しみじみした」理由。

僕はplentyの記事は、そんなに書いていない。というか、書く機会がなかった。江沼にインタビューしたのも、自分が会社をやめてフリーのライターになった2015年以降で、plentyの頃に一回と、ソロになってから一回の、二回しかないと思う。

なのに、plentyに対する思い入れが強いのは、曲が好きなのはもちろんだが、このバンドが最初に世に出た頃のことを、知っているからだ。というか、その現場にいたからだ。

最初にplentyのライブを観たのは、2008年の12月の頭。場所は、下北沢CLUB251。数バンドが出演するイベントの、オープニング・アクトみたいな扱いで、15分くらいで終わったステージだった。

後編に続く。

プロフィール

兵庫慎司
1968年広島生まれ東京在住、音楽などのフリーライター。この『思い出話を始めたらおしまい』以外の連載=プロレス雑誌KAMINOGEで『プロレスとはまったく関係なくはない話』(季刊)、ウェブサイトDI:GA ONLINEで『とにかく観たやつ全部書く』(月二回)。3冊目の著書「ウルフルズ『バンザイ』ザ・インサイド・ストーリー」、リットーミュージックより発売中。

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