兵庫慎司の『思い出話を始めたらおしまい』

第二十八話:2026年に観たplentyと、2008年に観たplenty(後編)

月2回連載

第56回

illustration:ハロルド作石

plentyのインタビューをしたり、記事を書いたりしたことは、そんなになかったのに、このバンドへの思い入れが強いのは、彼らが最初に世に出た頃のことを、知っているからだ。というか、その現場にいたからだ──と書いて、前編は終わった。その続きです。

これも前編に書いたが、plentyが最初に世に出たのは、第一回の『RO69JACK』である。現在は『RO JACK』になっている、優勝すると、冬もしくは夏のロッキング・オンのフェス、つまり『COUNTDOWN JAPAN』もしくは『ROCK IN JAPAN FESTIVAL』に出演できる、というコンテストである。今は、『JAPAN JAM』に出演できるコンテストもあるみたいですね。

ロッキング・オンが、初めてそれを開催したのは、2008年暮の『COUNTDOWN JAPAN 08/09』のタイミングだった。このコンテストは、一次審査を通過したアーティストの音源をウェブ上にアップし、一般からの投票と、実行委員会の審査で、入賞アーティストを決める。そして、ライブハウスに、入賞アーティスト全組に集まってもらって、生演奏を撮影して編集し、アップする。その上で、再度、一般投票と審査を行い、優勝アーティストを決める──。

というものだが、確か、一回目の時は、まだそのシステムができあがっていなくて、入賞→優勝とか、ライブ映像の収録とかがなくて、応募→一次選考通過アーティストは音源アップ→投票と審査で優勝が決定、だった気がする。

もうひとつ思い出した。一回目の時の応募のしかた、「フィジカルで送ってください」だった。CD-Rとかで、郵便か宅配便で送ってください、ということだ。2008年なんだから、時代的には、楽曲のデータをメールとかで送ることが、もう可能だったのではないか、と思うのだが。なんでそうしたんだろう。

で。そのプロジェクトにまつわるさまざまな業務の中の、送られてきた音源をすべて聴く、というミッションが、僕ともうひとりに割り当てられたのだった。分担してそれぞれが聴くのではなく、必ずふたりで一緒に聴く、というルールである。

そこで、我々に課された仕事はふたつ。ひとつは、聴いて、その音源をアップするかしないかを決める=一次審査を通すか通さないかを決めること。一回目だし、なるべくたくさんアップしたいので、そんなに厳しくしないで、「あまりにも、これはちょっと……」というものだけ落とす、というのが、その時の基準だった。

そしてもうひとつは、「アップされたら、社内の審査に関わるスタッフは、このアーティストは必ず聴いてください」という、言わば「入賞候補リスト」を作ることである。

というわけで、2〜3日にいっぺんくらいのペースで、会議室を2時間とか3時間とか押さえて、ふたりで一緒に延々と音源を聴き続ける、という日々が始まった。今思い出しても、正直、きつい仕事だった。ふたつの意味で。

当然、我々ふたりは、普段はそれぞれ別の仕事をしているわけで、その中でお互いのスケジュールを合わせて、2時間とか3時間とかを捻出し続けなければいけない、というきつさが、ひとつ。

そしてもうひとつのきつさは、毎日届く音源のクオリティが、総じて、けっこうアレだったのだ。

これ、一回目だったから、特にそうだったのだと思う。その後、数年間、冬と夏のフェスのたびに同じ仕事を続けたが、二回目から、どんどんクオリティが上がっていったので。

とにかく、一回目は、だいぶ玉石混交だった。始まったばかりなので当然だけど。ライブハウスに出たことありません、とか、ライブやったことありません、みたいなバンドも、けっこういる、そんな感じである。

でまた、当時って、今と正反対で、イントロが長いバンドが多かったのだ、なぜか。平気で1分以上とか。でも、もちろんそこで止めるのはNGなので、たとえ「これ、ダメだろうな」と思っても、ちゃんと聴くわけです。なんでこんなイントロ長えんだよ、早く歌ってくれよ、とか思いながら。いや、「思いながら」じゃないわ。口に出して言ってたわ、お互い。「ああー、またイントロ長いやつ!」とか。

その何日目だったか、何百曲目だったか、忘れてしまったが、そんなある日のこと。じゃあ次のバンド、と、CDプレーヤーの再生ボタンを押して始まったある曲を、ふたりとも黙ったままで、最後まで聴いた。で、終わると、「ちょ、ちょっと、もう一回……」「うん」と、もう一度頭から最後まで聴いた。で、顔を見合わせて、「何これ!?」となった。

それがplentyだったのだ。翌年、最初のミニアルバム『拝啓。皆さま』より前の時期に、ライブで配布したデモ音源のタイトルになった「後悔」という曲である。『拝啓。皆さま』にも入っているので、今でも、各ストリーミング・サービスで聴けます。

なので、これを書くにあたって、聴き直した。で、そりゃあたまげるわ、ライブをやったことがないバンドも応募してくるようなコンテストに、いきなりこんなのが送られて来たら、と、改めて実感した。

歌詞もメロディも演奏も、もう、何から何まですごい。特に歌詞とメロディ。何も奇をてらっていないのに、オリジナリティだけでできていて、どこの何にも似ていなくて、かつ、美しく、生々しく、リアルに、切実に、耳に飛び込んでくる。

これ以上、どんな曲かをグダグダ書くのは、やめときます。もしご存じない方がいたら、ぜひ聴いてみてください。

にしても、この曲を書いた時、まだ、18歳とか19歳とかよ? 天才としか言いようがない。

というわけで、もう一も二もなく「入賞候補リスト」に入れて、そのリストに入っているバンドと、投票数が多かったバンドを、審査に関わる全員で聴く会議で、みんなに聴いてもらった。

みんな絶句した。プロジェクトのボスであり、会社のボスである渋谷陽一が、「いやあ、一回目からこんなの送られて来るか? 世の中にはいるんだなあ、まだ埋もれてるすごい才能が」みたいなことを言っていたのを、憶えている。

というわけで、plentyは、優勝アーティスト6組のひとつとして、『COUNTDOWN JAPAN 08/09』に出演を果たした。年が明けてからの時間帯のMOON STAGEに、6組が次々と出演して、2曲(3曲だったかもしれない)ずつ演奏する、というものである。

で、そのステージを、現在の所属事務所であるフェイス ミュージックエンタテインメントのスタッフが観たことがきっかけで、彼らはプロになった。

なお、僕は、その『COUNTDOWN JAPAN』よりも前に、plentyのライブを観ている。過去に自分が書いた記事によると、2008年の12月の頭で、場所は、下北沢CLUB251。いろいろ調べたのですが、日付まではわかりませんでした。なんでこの記事、「12月の頭」なんてふんわりした書き方なのよ。ちゃんと日付を書いときなさいよ。と、16年半前の自分に言いたい。

時期を鑑みるに、そのタイミングでは、もうplentyの優勝は決まっていたはずなので、審査の参考にするために、観に行ったわけではないと思う。普段ライブハウスでどんなパフォーマンスをやっているのかを知りたくて、というか、とにかく実際のライブを観てみたくて、行ったのだろう。

直近のライブのスケジュールを調べたら、下北沢のCLUB251だったので、社内の数人で観に行った。そしたら、普通にブッキングされているバンドが3組か4組いて、その前に15分くらい演奏する、という、オープニング・アクト的な出演だった。お客は我々を含めても、15人くらいだったと思う。

そんな状況で、plentyの3人は、淡々とステージに上がって、淡々と演奏して、淡々とステージを下りた。それだけで、もう、圧倒的だった。うわあ。これは間違いない。見つけちゃった、本物を。いや、「見つけちゃった」わけじゃないか。彼らが応募して来たんだから。

ただし。彼らが応募して来たとしても、それをスルーしちゃうような審査スタッフだって、世の中にはいくらでもいる、そうしなかった我々には見る目がある、ということを、言いたいわけではない。

あんなのが応募して来たら、誰だって「うわあ!」ってなると思う。現に、さっき書いたように、フェイスのスタッフが観る→フェイスの社長に報告する→社長がplentyを知って、すぐスカウトに動く、ということになったわけだから。だから我々に、というか僕に、特別に、見る目があったわけではない、という話だ。

むしろ、ない、と言ってもいい。この『RO69JACK』、僕は2011年くらいまで関わったが、そこまでの間で、入賞したけど優勝は逃した、でもその後にメジャーデビューして人気者になった、というバンド、いくつもいるので。

忘れらんねえよとか。キュウソネコカミとか。関取花とか。見逃したのは、僕のせいだけではないけど、でも僕のせいでもあるし。

特に強く記憶しているのは、plentyの1年半後、送られてきた音源の中に、「これ、次のplentyかも!」と言いたくなるくらい、いい曲があったことだ。で、そのバンドを調べて、下北沢ERAでライブがあることを知り、その時は審査とか待たずに、すぐにひとりでライブを観に行った。

しかし、ライブを観て、「いや、違うわ。演奏はうまいけど、応募曲以外、あんま面白くないわ」と判断したのだった。そのバンドは、二回続けて入賞アーティストに入ったが、結局優勝には届かなかった。

indigo la Endです。ね。ないでしょ、見る目。

プロフィール

兵庫慎司
1968年広島生まれ東京在住、音楽などのフリーライター。この『思い出話を始めたらおしまい』以外の連載=プロレス雑誌KAMINOGEで『プロレスとはまったく関係なくはない話』(季刊)、ウェブサイトDI:GA ONLINEで『とにかく観たやつ全部書く』(月二回)。3冊目の著書「ウルフルズ『バンザイ』ザ・インサイド・ストーリー」、リットーミュージックより発売中。

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