兵庫慎司の『思い出話を始めたらおしまい』
第三十話:BEAT CRUSADERSとCOPY CRUSADERS(前編)
月2回連載
第59回
illustration:ハロルド作石
これ、「×年後に再結成する」というプランまで込みの、解散だな。7年後か8年後か、遅くても10年以内には再結成することになっていて、復活ツアーも、もう組んであったりして……いや、そんなに前からハコを押さえられないか。じゃあ、それは無理でも、「××××年に復活するので、お願いします」と、イベンターやツアー・スタッフたちに根回し済み、ぐらいのことは、やっていそうだ。
BEAT CRUSADERSが、2010年9月4日の、大阪の野外フェス『OTODAMA’10〜音泉魂〜』への出演を最後に解散することを発表した時、まず僕が思ったのは、それだった。
発表したのが2010年6月6日6時6分だったこと、「解散」ではなく、かつてYMOがそうしたのに倣って「散開」という言い方をしたこと、そもそも策士で戦略家で、活動においてコンセプチュアルなことをやるのが得意なバンド、という認識を、自分が持っていたこと、などから、そう感じたのだった。
特に、ヒダカトオルは、もともと音楽業界人=インディー・レーベルLD&K Recordsの社員であり(当時はまだカフェやライブハウスを経営する会社になる前だったと思う)、僕が初めて会ったのも、ミュージシャンとしてではなく、「自社の新譜を宣伝に来たLD&Kの日高央さん」としてだった。
名刺交換して、彼が持って来た新譜、確かシンバルズなどだったと思うが、それらを聴きつつ、プロモーションを受けた。で、帰り際に、「僕、自分でもバンドやってるんですよ、インディーズで」「え、LD&Kから出てるんですか?」「いや、別のレーベルです。ラストラムという」。
ちょっとびっくりした。元ミュージシャンで、今はディレクターやマネージャーになっている人は結構いるが、逆のパターンは、めずらしかったので。Smash Hits(イギリスの音楽紙)の記者が作ったのがペット・ショップ・ボーイズ、という前例くらいしか知りませんでした、その時まで……いや、「逆」でもないのか。同時進行で、音楽業界人とバンドをやっているわけなので。
ちなみにラストラム、後にSEKAI NO OWARI、平井大、あいみょん、Official髭男dism等々を世に送り出したレーベルだが、この頃はまだできたばかりで、最初にブレイクしてレーベルを大きくしたのが、BEAT CRUSADERSとDOMINO88だったように記憶している。
つまり、BEAT CRUSADERS、わりとすぐ「会社員と掛け持ちなんて無理でしょ」っていうくらい、インディーズ・シーンで人気を集めるバンドになったので、日高央さん、さすがに退職したらしく、僕のいた会社=ロッキング・オンに、プロモーションに来ることも、なくなったのだが。
その第一期BEAT CRUSADERSの、メンバー3人=ギターthai、ベースumu、ドラムarakiが脱退し、hidaka(この時まではこういう名前の表記だった)ひとりになったのが2003年。そのあと、日高央、じゃなくて、この時からヒダカトオルだな、ヒダカさんが久々に僕を訪ねて来た。
新しいメンバーを集めて、5人編成になったこと。ラストラムを離れて、その新しいメンバーのひとりがやっているインディー・レーベル(ベースのクボタマサヒコのCAPTAIN HAUS RECORDINGS)から音源を出すこと。で、御社の雑誌とかフェスとか出たいし、今度クアトロでワンマンやるから、ぜひ来てください──というような話をされたと思う。
で、観に行ったら超満員で、音楽業界人も多数詰めかけていて、しかも新しいメンバーたちというのが、それぞれインディーズでの活動歴のある人たちで、えらくしっかりした、かつ華のあるライブ・パフォーマンスになっていた。以前のBEAT CRUSADERSには、演奏力とか関係ありません、勢いと曲の良さで勝負のバンドです、というような印象を持っていたので、とても驚いた。
で、そこに来ていた音楽業界の人たちのひとつ、ソニー・ミュージック傘下のデフスターレコーズ、平井堅やCHEMISTRYやthe brilliant green等が所属しているレーベルから、BEAT CRUSADERSは、メジャー・デビューを果たす……いや、待てよ。実はもうあの時、デフスターへのメジャー移籍が、決まっていたような気もしてきた。平井堅の担当だったので僕とよく仕事をしていて、その後BEAT CRUSADERSの担当になるデフスターのKさんに、そこで会った記憶があるし。
あと、不安なのが、この件の裏をとりたくて、その渋谷クラブクアトロが何月何日だったのか、さっきから調べているんだけど、情報が全然出て来ないのだ。クアトロじゃなかったのかな。ワンマンじゃなかったのかな。それとも、まるっきり僕の嘘記憶なのかな。
まあいいや……いや、全然よくないか。どなたか、ご記憶だったら教えてください、と言いたいぐらいなのだが、とにかく、それ以降のBEAT CRUSADERSは、「メンバー全員お面で素顔不明(ライブでは脱ぐけど)」というキャラクターも活かしつつ、ブレイクへの道を最短距離で駆け上がって行く。
自分たちの今のポジションを利用して、ASPARAGUSやYOUR SONG IS GOODやTROPICAL GORILLA等、仲間のバンドたちをフックアップしていく。かと思えば、つじあやのや、メロン記念日や、高橋瞳ともコラボする、フットワークの軽さもある。
ヒダカトオルは、ラジオやスペースシャワーTV等のメディアで活躍、人気者になる。テレビアニメ『BECK』とのタイアップ(主題歌「HIT IN THE USA」提供と音楽プロデュース)、という、大きなトピックもあった。
というわけで。音楽の才能がある上に策士で戦略家、そもそも大人同士が集まっているので、ウェットじゃなくてドライな関係性──そんなバンドだという印象を、僕は勝手に持っていたもんで、「散開」発表の時、これは戦略的解散だな、と、思ったのだった。
が、後日。『BRIDGE』という雑誌で渋谷陽一が行った、メンバー全員の解散インタビューの編集担当をして、現場に立ち会ったのだが、そこで自分の読みが、全然間違っていたことを知った。
もともとメンバーみんな、根っからアンダーグラウンドな体質で、この5人になって最初のライブが、いきなり満員になったことで、「怖い、なんか違う」みたいな気持ちのメンバーもいた。その後、さらにどんどんブレイクしていくもんだから、その「怖い、なんか違う」は、強くなる一方だった。という末に、2004年から2010年までの、わずか6年間で、活動に終止符を打つことにした──確か、そんなような話だった。
最初は「解散断固反対」というスタンスでインタビューを始めた渋谷陽一も、最後には「なんだ、こんなアングラな奴らだったのか、きみら。しょうがねえ、もう解散でいいや」と言い放って、メンバー一同爆笑していたのを憶えている。
第一期のBEAT CRUSADERSとは違い、インディーでの活動歴がある、確かな実力のメンバーをヒダカが集めた、というふうにさっき書いたが、ただし、あとになって思えば、その集め方も独特というか、豪快というか、ヒダカならではのものだった。
NATSUMENのメンバーでもあったドラムのマシータと、自身のバンドFUNSIDEが解散してくすぶっていた(と、ヒダカからきいたことがある)ギターのカトウタロウは、わかる。
が、ベースのクボタマサヒコは、自分のレーベルで新生BEAT CRUSADERSのリリースを引き受けることにしたら、バンドへの加入を打診されて、「え、俺ベーシストじゃないけど(ギタリストなのだ)」「いいからいいから」みたいな按配で、押し切られたという。
にもかかわらず、最後にキーボードで加入のオファーを受けたケイタイモは、もともとベーシストで、BEAT CRUSADERSに入って初めて鍵盤を触った人なのだ。何それ。だったらベースで加入させて、最後にキーボードを弾ける人を探すのが普通じゃない? と言いたくなるが、要はヒダカトオルは、第二期BEAT CRUSADERSにおいても、「パート別に」じゃなくて、「キャラクターや人間性を重視して」メンバーを集めた、ということなのだと思う。あと、自分が見込んだメンバーなら、どの楽器でも大丈夫、という読みもあったのかもしれない。
さて。なんで今、こんなふうに、BEAT CRUSADERSのことを一所懸命書いているのかというと、少し前から、「COPY CRUSADERS」というバンドが、立ち上がっているからです。
ヒダカトオルがボーカル&ギター。ドラムはcinema staffの久野洋平、ベースは千也茶丸/the cabsの首藤義勝、キーボードはthe telephonesの岡本伸明、ギターはONIGAWARAの竹内サティフォ、の5人で、「真剣に楽しむBEAT CRUSADERSのコピーBAND」がコンセプトだという。
最初のステージは、2025年3月29日下北沢ERA、竹内サティフォの生誕祭ライブ。観ました。で、DI:GA ONLINEの連載に、ちょっと書きました(記事はこちら)。
二回目は、2026年5月9日、国立代々木競技場第一体育館&第二体育館での屋内フェス『FORTY DEGREES JAPAN』への出演。ゲストで高橋瞳が加わり、コラボ曲「ウォーアイニー」を披露した。この日は、観れませんでした、先に別のライブが入っていて。
そして、3回目は、新宿ロフトの50周年のアニバーサリー・シリーズの1本として、ONIGAWARAとの対バンで行われる。で、この日も高橋瞳が参加することがアナウンスされている。日程は2026年9月14日、月曜日。このテキストがアップされてから4日後です。
ということで、後編は、そのライブを観てから書きます。
プロフィール
兵庫慎司
1968年広島生まれ東京在住、音楽などのフリーライター。この『思い出話を始めたらおしまい』以外の連載=プロレス雑誌KAMINOGEで『プロレスとはまったく関係なくはない話』(季刊)、ウェブサイトDI:GA
ONLINEで『とにかく観たやつ全部書く』(月二回)。著書「ウルフルズ『バンザイ』ザ・インサイド・ストーリー」、リットーミュージックより発売中。
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