兵庫慎司の『思い出話を始めたらおしまい』

第三十話:BEAT CRUSADERSとCOPY CRUSADERS(後編)

月2回連載

第60回

illustration:ハロルド作石

ボーカルだけヒダカトオル本人で、他のメンバーはBEAT CRUSADERSを好きな後輩ミュージシャンたち4人の、COPY CRUSADERSというバンドが、少し前から始まっている。9月14日に、その3回目のライブがあるので、後編はそれを観てから書きます──というところで、前編は終わった。

しかし。それを観てから書く前に、そもそも、そのCOPY CRUSADERSとはなんぞや、ということについて、もうちょっと書いた方がいい気がしてきた。前編でもざっと書いたけど、ほんとに「ざっと」だったので。

COPY CRUSADERSは「真剣に楽しむBEAT CRUSADERSのコピーバンド」というコンセプトの下に結成され、2025年3月29日に下北沢ERAで、初ライブを行った。

メンバーは、ギター:竹内サティフォ(ONIGAWARA)、ベース:首藤義勝(千也茶丸/the cabs)、キーボード:岡本伸明(the telephones)、ドラム:久野洋平(cinema staff)、ボーカル&ギター:ヒダカトオル(THE STARBEMS)の5人。

竹内サティフォが、毎年自身の誕生日の3月29日に、「生誕祭」と銘打って、「ONIGAWARAと自分の好きなバンドのコピーバンドの対バン」という企画を行っており、これまでHi-STANDARDやL’Arc~en~Cielのコピーバンドを作って、ライブをやってきた。という流れで、2025年はBEAT CRUSADERSのコピーバンドをやろうということで、ヒダカのTHE STARBEMSと対バンする時に、彼に話を通したところ、「歌いに行ってもいいよ」という返事をもらった。久野洋平は毎年参加だそうで、ベースを首藤義勝、キーボードを岡本伸明に依頼して、メンバーが固まる。

ただし、ボーカルがヒダカであることは、当日まで発表しなかったため、満員のお客の大半が、普通にONIGAWARAのファンだった。が、先にこの5人がステージに上がってライブを始めると、もうめちゃめちゃ盛り上がった。後に出たONIGAWARAの斉藤伸也が「おまえたち、ビークルの時ぐらい盛り上がりなさい!」と叫ぶほどに。

「FEEL」「JAPANESE GIRL」「WINDOM」「CHRISTINE」「LOVE POTION #9」「LOVE DISCHORD」という鉄壁のセットリストだったので盛り上がった、というのもあるが、この4人のメンバーの演奏が、第二期のメンバー(ギター:カトウタロウ、ベース:クボタマサヒコ、ドラム:マシータ、キーボード:ケイタイモ)に勝るとも劣らないくらい、よかった、というのも大きいと思う。

第二期=メジャー所属期のBEAT CRUSADERSとは、取材や対談などでよく仕事をしていたので、観ていて、とてもグッとくるものがありました。そのBEAT CRUSADERSと同じ時期によく仕事をしていたけど、その頃はビークルとは接点がなかったthe telephonesのノブが、キーボードを弾いていることも含めて。なお、第二期ビークルのケイタイモが、ベーシストなのにキーボードで誘われて加入した人である、というのは前回も書いたが、ノブもベーシストだったのに、キーボード(シンセ)でthe telephonesに入った、というところまで同じである。

そのステージで、竹内サティフォがヒダカに「またやりましょうよ」と言っていたとおり、1年後に二回目が決まった。2026年5月9日、国立代々木競技場第一体育館&第二体育館で行われた無料の屋内フェス『FORTY DEGREES JAPAN』に「BECK CRUSADERS」という名前で出演。「次世代クリエイターが集い、新しい発想とエネルギーを解き放つ“革新的な祭典”」という、音楽以外にダンスやファッションショーもあるイベントで、ONIGAWARAもcinema staffも首藤義勝のソロ・プロジェクトである千也茶丸も出演。「BECK CRUSADERS」のステージには、ゲストで高橋瞳が加わり、ビークルとコラボした「ウォーアイニー」を歌ったそうだが、行けなかった。先に別のライブが入っていたので。

そして3回目が、2026年9月14日の新宿ロフトである。ロフトが開店50周年のアニバーサリー・シリーズとして多数行っているイベントの1本として決定、ここで初めて「COPY CRUSADERS」と名乗って出演した。対バンはONIGAWARAで、この日も高橋瞳が出演することが、事前に発表になったし、この日のために撮られたと思しきアーティスト写真には、彼女も写っていた。

さて。

やるんじゃん。だったらもう、ちゃんとやったらいいじゃん。

というのが、この3回目があることを知った時、僕が思ったことだった。その「ちゃんとやったらいいじゃん」には、2パターンある。

ひとつは、第二期のメンバーを集めて、正式に再結成することだ。当時のメンバーで、散開後(解散後)、音楽の現場からいなくなってしまった人はいない。セッションやサポートやバンド等で、みんなそれぞれ活動している。そういった散開後の経験によって、「仕事になるならやる」という意識も、昔より強くなっているだろう。だから、やってくれるんじゃないかしら、スケジュールさえ合えば。というか、やろうよ。もったいないよ、あのまま終わりなのは。と、僕は前から思っていたし。

で、もうひとつのパターンは、COPY CRUSADERSとか言ってないで、今のこの5人でBEAT CRUSADERSと名乗ってしまう、という方法だ。第三期、ということである。

ありなんじゃないの? だって第一期と第二期で、ヒダカトオル以外は全員メンバーが違うのに、どっちもBEAT CRUSADERSだったんだから。ヒダカトオルがいればBEAT CRUSADERSです、ってことでいいじゃん。第一期の曲は「作詞・作曲:Toru Hidaka」というクレジットになっているが、第二期の曲は「作詞:ヒダカトオル/作曲:BEAT CRUSADERS」なので、それらの曲を、ほかの人たちと演奏して、BEAT CRUSADERSを名乗るのは、ちょっと……という遠慮が、ヒダカにはあるのかもしれないが。

というようなことを思いながら、9月14日の新宿ロフトを観たのだった。

最初にONIGAWARAのふたりが、途中でCOPY CRUSADERSの4人の乱入を受けたりしながら、30分のステージで盛り上げる。「ありがとう、ONIGAWARAでした。ひき続きがんばってください、竹内メンバー。俺は着替えてすぐにフロアに行きます」と言って斉藤伸也がステージを下りると、すぐにおなじみのSE「SASQUATCH」が鳴り響き(ONIGAWARAのライブは基本的にカラオケなので、ステージ転換がほぼ必要ないのです)、オーディエンスがそれに合わせて大声で歌う中、5人が登場する。

「みんな本気になりすぎだから。気楽に、気楽に」などというヒダカの挨拶(ちょっと長め)から、1曲目のタイトルがコールされ、「HIT IN THE USA」のあのリフが鳴り始めるとみんな大沸騰、フロアはモッシュとクラウドサーフとシンガロングの嵐になる。次の「FEEL」でも同様の熱狂ぶり。

MCをはさんで(また長め)、次は「TONIGHT,TONIGHT,TONIGHT」「LOVE POTION #9」「CHRISTINE」のはずが、その3曲をすっとばしてヒダカが「次の曲は『WINDOM』だぞ!」と言ってしまったので、4人が咄嗟にそれに合わせて「WINDOM」に突入する。そのまま「ISOLATIONS」「GHOST」まで演奏し終えてから、サティフォが「ヒダカさんが曲順を間違えました」と指摘した。

というわけで、MC(また長め)を経て、とばした3曲=「TONIGHT,TONIGHT,TONIGHT」「LOVE POTION #9」「CHRISTINE」をプレイ。もう一度MC(また長め。「なんでこんなに長くしゃべってるのかっていうと、曲が少ないから」とヒダカ)をはさんでから、最後のブロックへ。第二期の最初にCAPTAIN HAUS RECORDINGSから出した「GIRL FRIDAY」、そして大人気曲の二連打=「JAPANESE GIRL」と「LOVE DISCHORD」で、フロアを最高潮まで沸騰させ、本編を終える。

アンコールでは高橋瞳が登場、「ウォーアイニー」をヒダカとデュエットし、次の「BE MY WIFE」でもステージを盛り上げた。

選曲はそれぞれのメンバーの希望が入っているそうだ。ただし、第一期の曲は、第二期の間にリメイクした曲に限りOK、というルール。第一期ビークルの、亡くなったthai以外の3人で、SATURDAY GOOD-BYESというバンドをやっているので、このバンドでその時期の曲をやると、演奏力の違いが如実になってしまうから、という理由だそうです。

メンバーそれぞれ、このバンドをやれて本当にうれしい、という思いを言葉にしていた。

BEAT CRUSADERSがいなかったら竹内電気ってバンドはマジでなかったです。シンセを入れたのもビークルがそうだったから──と、竹内サティフォ。首藤義勝は、高校生の頃から大好きで、今日もその頃コピーした曲ばかりなので、ほとんど練習しなかったそうだ。同じく、高校生の時にめちゃくちゃコピーしていたから、一回聴いて一回叩くだけで大丈夫だった、曲が身体に入り込んでいる、と言う久野洋平。第二期ビークルと同じ時期にプロでの活動経験があるノブは、the telephonesで初めてフェスに出た時に、ビークルも出ていて、ライブを観て意識した、自分と似たような方(ケイタイモ)がいるので──という話で、オーディエンスを笑わせた。

という、このライブを観て、自分の「だったらもう、ちゃんとやったらいいじゃん」という思いが、見当外れだったことを、理解した。

逆だ。ちゃんとやりたくないから、ヒダカはこういう形でやっているのだ。「COPY CRUSADERS」という名前で、ビークルのファンだった後輩のミュージシャンたちと一緒に、ビークルのコピーをする、という方法で。

後半のMCでノブが「ロック・イン・ジャパンに出たい」と言い出したのに対して、ヒダカは「COPY CRUSADERSで出たい。コピーバンドがロッキンに出れたら希望じゃん、フェスの常識を覆せたら」と、同意した。が、そのあとに、「そういう目的でビークルを始めたのに、なまじ売れたせいで、何にもできなくなっていった」と、続けた。

それより前のMCでは、メジャーからアルバムを出して、1万枚ぐらい売れて、4~5年ぐらい変なことをやって、また音楽業界のスタッフに戻ろうと思っていたけど、(もっともっと売れたことによって)戻れなくなってしまった、という話もした。

つまり、当時の曲は好きだし、ライブは楽しいから、やること自体はやぶさかではない。しかし、当時のメンバーを集めたり、もしくは今のメンバーで「第三期BEAT CRUSADERS」と名乗ったりすると、話が大きくなってしまう。人気が出て活動規模がでかくなったりすると、第二期に自分が「もう無理」と思った頃と、同じ状況になってしまう。それを避けたいのだと思う。

当時、ハタから見ていた限りでは、ソニー傘下なのに、ソニーと契約のないYOUR SONG IS GOODとTROPICAL GORILLAとASPARAGUS、それぞれとスプリット・ミニアルバムをリリースしたりして、メジャーの制約に縛られていないように見えたし、闘っているようにも見えた。「もっと売れる曲を書け」みたいなことを言われているようにも見えなかった。言われてもきかないだろうし。

なので──これは完全に僕の推測だが──メジャーの言いなりにされてイヤになった、みたいな話ではないと思う。じゃなくて、売れることによって関わる人が増えていくことが、イヤだったのではないか。バンドの外側の、メディアとか広告代理店とかの、関わる人が増える、というだけでなく、たとえばライブのキャパが上がると、必然的にスタッフも増えるじゃないですか。というふうに、自分が名前と顔を知っていて、どんな人かを把握していて、意思の疎通ができる相手とだけで、バンド活動を続けていくわけにはいかなくなることに、耐えられなかったのではないだろうか。だから今回、同じ轍を踏まないように、こんなに慎重に、こんなにちんまりと、やっているのではないだろうか。

故・渋谷陽一も、散開インタビューで言っていたとおり、つくづく、アンダーグラウンドな気質の人だなあ、と思う。音楽業界人だったのに。まあ、エイベックスとかソニーとかにいたわけじゃなくて、(当時は)ちっちゃいインディー・レーベルの社員だったからかなあ。

でも、もったいないよなあ。メロディ・メーカーとしてのヒダカトオルの才能を、ライブを観たことで思い出しちゃったし、こっちは。あれ以来、サブスクでリピートしまくっているし、第一期の曲も含めて。

まあでも、そんなの、ヒダカ本人も自覚しているだろう。ちんまりやりたくても、自分が書く曲が、それを許してくれない。だから散開後に、プロデューサー業などを経た後に作ったTHE STARBEMSは、ラウド/ハードコア寄りの音楽性に設定したのかもしれない。

コピーバンドでロッキンに出たい、というのともうひとつ、史上初、コピーバンドで日本武道館をやりたい、とも、ノブは言った。ヒダカも同意して、アンコールが終わって去る時に、「武道館かロッキンで会いましょう!」と叫んだ。

でも、それ、本当にやりたいですか? と、問いたくなった。「コピーバンドで」だからこそやりたいんだ、じゃなかったら全然やりたくない、という答えが返ってくるんだろうけど。

プロフィール

兵庫慎司
1968年広島生まれ東京在住、音楽などのフリーライター。この『思い出話を始めたらおしまい』以外の連載=プロレス雑誌KAMINOGEで『プロレスとはまったく関係なくはない話』(季刊)、ウェブサイトDI:GA ONLINEで『とにかく観たやつ全部書く』(月二回)。最新の著書「ウルフルズ『バンザイ』ザ・インサイド・ストーリー」、リットーミュージックより発売中。

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