和田彩花のアートさんぽ
大都会のアートスポットでパワーをチャージ──岡本太郎記念館
毎月連載
第2回
『タローのダンス』展示室内にて
今回訪れたのは、東京・青山にある岡本太郎記念館。そこは、近くに根津美術館やワタリウム美術館などひっそりしっかりとこだわりの詰まった美術館が点在する大都会の隠れたアートエリアです。
岡本太郎記念館では、何よりも太郎の住居とアトリエを保存、公開している点が見どころの一つ。また、記念館2階の展示エリアでは現在、『タローのダンス』という展覧会が開催されています。本取材では、岡本太郎記念館事務局長の川合衣里さんにお話を伺いながら見学しました。
記念館に入りすぐ右手へ進むと、鮮やかな装飾でいっぱいになったお部屋が。ここは、かつて応接間として来客時に使われていた場所だそうです。原色で手の形にデザインされた椅子や座面に凹凸のある「坐ることを拒否する椅子」、壁には絵画と岡本太郎デザインの素敵な色合いの絨毯が見えます。
華やかな芸術世界に魅了される空間ですが、アトリエ建設時は潤沢な資金があったわけではなかったため、コンクリートを積み上げただけのシンプルで質素な作りになっているようです。
「ここはもともと太郎の両親が住んでいた場所でしたが、太郎が戦後、兵役から戻ってきたときには渋谷から青山まで見渡す限り焼け野原でした。その後は世田谷にアトリエを立てるなど転々としましたが、1954年に坂倉準三さんによる設計でこのアトリエが建築されました」(川合さん)
さらに奥へ進むと、アトリエが見えてきます。設計は信頼を置いていた坂倉さんに任せたところが多かったなか、太郎さんが唯一リクエストしたのは、天井が高く広い空間と自然光で絵画制作するための、光が安定して入る北側の大きな窓だそうです。
画家の制作環境については、少し本で読んだことがあったけど、光の明るさ、空間の広さなど身体を通して経験することはとても大切ですね。
そんな機会を私たちに作ってくれたのは、太郎のパートナーである敏子さんの尽力が大きいのだと川合さんに教えてもらいました。
「この記念館は、太郎さんが亡くなった1996年から1年と少し経った1998年に開館されました。敏子さんは太郎さんを尊敬されていて、こんなにすごい人はいないから太郎さんの死後もその素晴らしさを広く伝えていきたいという気持ちが大きかったのです。絶版となってしまった書籍も敏子さんが復刻させました」
敏子さんは、太郎さんの芸術家としての素晴らしさや個性を理解するだけでなく、残すべきものだと考え、行動するパワーまで含めて素晴らしい方だと感じました。
現在、記念館の2階では『タローのダンス』という展覧会が開催されています。
岡本太郎と聞けば、大阪万博のために制作された《太陽の塔》や渋谷駅に設置されている《明日の神話》をすぐに思い出せるにもかかわらず、こうして岡本太郎の絵画作品をまとめてみる機会は初めてでした。
展覧会『タローのダンス』は、太郎の芸術に共通する命というテーマから連想された「ダンス」という言葉をキーワードにまとめられています。
「画面いっぱいに生命の躍動が広がる太郎の作品には、ダンスを踊っているかのような表現がたくさん見受けられます。太郎自身が踊りや生命という言葉を残しているわけではないのですが、日本全国を旅し、さまざまな民族的な踊りと出会った太郎にとって、生命の根源を辿っていくと踊りというものがあったのではないでしょうか」(川合さん)
岡本太郎の絵画作品はとてもエネルギッシュです。青や赤、黄の原色に近い色を大胆に用いながら、力強く太い筆の動き、目のついた生き物のモチーフなどからもわかりやすく生命力を感じられるかもしれません。
身体全体を使って描いていくような画面に見えるため、すばやく書き上げているのかなと想像させられました。「実際は、太郎さんの頭の中に既にある完成形に近づけるまで、同じモチーフを描き続けたりしています」(川合さん)
岡本太郎の絵画作品を改めて見ていくと、ジャンルが見えてくるよりも先に岡本太郎というアーティスト像がすぐに浮かびます。制作物が多岐に渡ることからも、なかなか岡本太郎の芸術観が掴めずにいました。 そんなとき川合さんの言葉ではっとさせられます。
「芸術って言葉をつけた途端、特別なものになってしまいますが、太郎は、芸術は生活そのものであり、生活に入り込んでいってほしいとの思いから、身近なものもデザインしています。例えば、底に顔が描かれたウイスキーの景品用のグラスなどです。周囲の人に無料で配るものをデザインする必要性を問われたりしたそうなのですが、太郎さんは誰でも手に入れられるものやことに価値を見出すような人でした」
それは、まさに私がパリ滞在で学んだ民主主義のあり方とも通じるものでした。あらゆる人が接続できる芸術を目指す姿勢にこそ岡本太郎の人間像、作家像があるのかもしれません。そんな人の存在がこんなにも身近にあったことが嬉しかったですし、このような先人の姿勢に励ませられるような気持ちにもなりました。
少しまじめにお話してしまいましたが、エネルギッシュな色彩と筆使い、可愛らしいモチーフに、くすっと笑ってしまうコンセプトの椅子などどれも明るい気持ちにしてくれるものばかりです。
最後に忘れてはいけないのは、素敵すぎる中庭。いくつもの大型の彫刻と四方八方から生える植物の醸す自由な空気感に肩の力がぬけていく場所でもあります。
都会のオアシスって言葉をよく耳にするけど、なんかいい感じであることよりもこの自由な空気感こそ忙しない都市のオアシスになると感じました。もし、岡本太郎記念館が近所にあったら、休憩のたびに足を運ぶだろうな。
大都会のしっかりひっそりとこだわりの詰まったアートスポットをぜひ楽しんで見てください。
撮影:村上大輔
岡本太郎記念館
1954年、建築家・坂倉準三の設計により完成し、太郎がこの世を去るまで42年にわたって住まい、作品をつくりつづけたアトリエを、1998年5月に「岡本太郎記念館」として公開。太郎の作品制作の場だった1階のアトリエや応接用のサロン、彫刻と植物が混然一体となった庭を公開しているほか、2階の展示室では太郎作品をさまざまな切り口で紹介する企画展が開催されている。ミュージアムショップも併設。
https://taro-okamoto.or.jp/
【展覧会情報】
『タローのダンス』
会期:2024年3月15日(金)〜2024年7月7日(日)
1952年に太郎がモザイクタイルで制作し、2011年に太郎生誕百年事業として修復され、高島屋大阪店のシンボルとしていまも多くの人の眼を楽しませている《ダンス》。本作のように、まるでダンスを踊っているかのような、画面いっぱいに“いのちの躍動”が広がる太郎の表現に着目。「ぼくにとってダンスは、もっとも直接的な精神、肉体のよろこびだ」と語った太郎の情熱的で、観る者を元気にしてくれる作品の数々から、太郎芸術の本質を探っていく。
プロフィール
和田彩花
1994年生まれ。群馬県出身。2004年「ハロプロエッグオーディション2004」に合格し、ハロプロエッグのメンバーに。2010年、スマイレージのメンバーとしてメジャーデビュー。2015年よりグループ名をアンジュルムと改める。2019年にアンジュルム及びハロー!プロジェクトを卒業し、以降ソロアイドルとして音楽活動や執筆活動、コメンテーターなど幅広く活躍。2022年、フランス・パリへの留学を経て、2023年にはオルタナティブバンドLOLOETを結成。4月からは愛知、京都で初のライブツアー「LOLOET NEW TRIP TOUR 1」を開催する。