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朝岡聡 オペラが呼んでいる!

「読み替え」オペラを楽しむ法

毎月23日

第21回

P・コンヴィチュニー演出のウェーバー『魔弾の射手』の舞台(2018年東京二期会公演)

「読み替え」オペラとは

皆さんがオペラに出かけるとする。ちょっと奮発して良い席のチケットを購入。キチンとお洒落をして、軽くあらすじの予習も完了。さぞや豪華なセットや昔風の衣装が楽しめる!…と思って幕が開くと予想外のモダンなセットだったり、オリジナルの物語から全く違う時代の話に設定されていて困惑した経験はないですか?

例えば『フィガロの結婚』が現代の高級マンションが舞台の物語になり、終始抽象的なセットでストーリーが進行する『椿姫』に出くわす…。これらはオペラの「読み替え演出」の類だ。すなわち作品の初演時の台本のうち、時代や物語の設定を他の時代や現代に移して演出上演するもの。

「新しい視点で名作が新鮮に感じられる」という肯定派もいれば、「せっかくの名作が訳の分からん演出のおかげで台無しだ」と御立腹の方も多い。「読み替え」演出は常に論争の的でもある。

そもそも「読み替え」演出はいつ頃始まったのだろうか? それは戦後の旧東ドイツ圏から始まった演劇運動と言われる。戦争で国土が甚大な被害を被り、劇場や舞台関連施設も多くが破壊されてしまった為、それまでの舞台施設・セット・衣装などが満足にそろわない。そんな環境でオペラを上演する際に、舞台や衣装はシンプルだが、登場人物の内面を強調して描くことでドラマを際立たせるという考え方が生まれてきた。これは高度な演劇性と深い解釈で音楽と演劇の統一を目指す「ムジークテアター」と呼ばれる運動に発展してゆく。

現代の「読み替え」派の代表的演出家ペーター・コンヴィチュニーは「良い演出とは、観客を賢く、人間的に豊かにするもの。アンティークの花瓶は博物館に置いておく意味があるが、演出は生命が短い。初演時と同じようにしたまま博物館に置けば死んでしまう。それを現代にフィットさせないとオペラの核を忠実に伝えることはできない」と言っている。

稽古場でリハーサル中のコンヴィチュニー
撮影:福谷均

やっぱりオーソドックスが良い!?

一方、台本に忠実に演出するオーソドックス派の演出の最高峰は、昨年亡くなったフランコ・ゼフィレッリだろう。

フランコ・ゼフィレッリ(1923~2019)
撮影:Alexey Yushenkov

映画の世界から演出・脚本の世界に入った彼は本物志向で、ヴィスコンティゆずりの美学の持ち主で絢爛豪華な舞台を創りだした。観る者を納得させ感動させる映像美の世界をオペラでも実践できた正統派巨匠だった。『ラ・ボエーム』『トゥーランドット』を始めとする名舞台は今でも世界の劇場で上演される。音楽と台本が設定した状況に寄り添った演出は、誰もが理解しやすく安心感もある。一方で歌唱や演技が平凡だったりすると、たちどころに陳腐な舞台に陥る危険と隣り合わせでもあるが。

ゼフィレッリ演出のヴェルディ『アイーダ』
1998年新新国立劇場開場記念公演

「演出」でオペラを選ぶ時代

演出は、音楽と芝居から成り立つオペラの「ドラマ」をいかに創りあげるかがポイント。その意味で「読み替え」もオーソドックスも、原点は一緒だがアプローチの仕方が違う。19世紀まではオペラは基本的に新作が次々に生まれる時代だったから、台本の設定をそのまま歌い演じれば良かった。現代は名作と呼ばれるものを繰り返し上演するので、より演出に変化が求められる。それが「読み替え」演出の増加につながっているのかもしれない。多彩な演出が増えて、オペラを観るのも演出で選ぶ時代が到来している。

覚悟が求められるオペラ

コンヴィチュニー演出のオペラなどは、1回観ただけで演出意図を完全に理解するのは至難。同じ演目を何度か観るうちに気付き、理解できる要素が増えてくる。それはちょっと謎解きに似ていて、演出家の意図が分かった時の面白さはこたえられない。その意図に共感できて、なおかつオーケストラや歌手が優れた演奏をしてくれれば歓びは何倍にも膨らむ。

それには何が必要か。

事前の予習は必須。あらすじはもちろん、各場面の歌詞もしっかり把握してから劇場に乗り込みたい。字幕を見なくても理解できるくらい、その作品に精通しておけば目の前の舞台でどんな演出が展開しようとあわてずに観劇できる。

えっ? なんだか大変そうですって?
そう、「読み替え演出」を楽しむには覚悟が大事なのです。

プロフィール

朝岡聡

フリーアナウンサー、コンサートソムリエ。テレビ朝日時代は「ニュースステーション」やスポーツ中継を担当。フリーになってからはTV・ラジオ・CMに加え、クラシックやオペラのコンサートの企画・司会にもフィールドを広げて活動中。特にバロックからベルカントのオペラフリーク。著書に「いくぞ!オペラな街」(小学館)、「恋とはどんなものかしら~歌劇的恋愛のカタチ~」(東京新聞)など。日本ロッシーニ協会副会長。