Download on the App Store ANDROID APP ON Google Play
Download on the App Store ANDROID APP ON Google Play

朝岡聡 オペラが呼んでいる!

傑作『フィガロの結婚』の魅力

毎月23日

第23回

19世紀初頭ののフィガロの版画

オペラはアリアが命!?

名作オペラには必ず有名なアリアがあって、それらがオペラの代名詞ともなる。『椿姫』にはヒロインのヴィオレッタ「そはかの人か~花から花へ」、『リゴレット』にはマントヴァ公爵の「女心の歌」、『ラ・ボエーム』では主人公ロドルフォが「冷たき手に」を歌い、ミミも「私の名はミミ」を披露する…と言った具合。一方で、声のアンサンブルである重唱も、名作オペラには欠かせぬ要素になっているのは御承知の通りだ。

そもそもオペラの歴史では当初はソロ・アリアの比重が圧倒的に大きかった。ヘンデルなどバロック・オペラにも重唱は存在するけれど、ごく単純なアンサンブルのことが多い。当時はスター歌手であるカストラート(男性ソプラノまたはコントラルト歌手)を中心に、あくまで歌手個人の技量を独唱で思いきり披露するのがオペラであった。

重唱の魅力

それが18世紀の半ばになると多人数によるアンサンブル・フィナーレが導入されて、オペラにおける重唱の持つ意味が変化してくる。「さぁ、大変。予想外の事態になって、この先どうなるの?」といった物語前半のフィナーレの場面で、主要登場人物たちによるアンサンブルが絶大な効果をもたらすようになるのだ。

『フィガロの結婚』初演時のポスター

その声のアンサンブルが最高度に洗練され、完成度の極みとも言える作品がモーツァルトの『フィガロの結婚』。本当によく知られているオペラだから何度もご覧の方もいらっしゃるだろう。「もう飛ぶまいぞ、この蝶々」や「恋とはどんなものかしら」といった超有名な歌にもまして、私はあらためて重唱の場面を強力にお薦めしたい。

物語の前半でモーツァルトは斬新な重唱プランを組み立てた。二重唱から始まってアンサンブルに加わる人物を徐々に増やしていって、長大なフィナーレを仕立てたのだ。台本を書いたダ・ポンテと綿密に練り上げた構成に天才の楽想が融合する時、稀にみる充実の声のアンサンブルを堪能できる。

『フィガロの結婚』はアンサンブル・オペラとしても傑出している。『フィガロの結婚』『ドン・ジョヴァンニ』を書いたころのモーツァルトの肖像(1789年)

拡大する声のアンサンブル

このフィナーレは、まずアルマヴィーヴァ伯爵と夫人の二重唱から始まる。夫人の浮気相手ケルビーノが部屋に隠れているから開けろ!と怒り狂う伯爵と夫人の押し問答。ところが扉が開くと出てきたのは、ケルビーノと入れ替わった侍女のスザンナで夫妻はビックリ仰天。ここから三重唱となる。それまでの激しさをもったアレグロが一転アンダンテになって、伯爵の困惑が浮かび上がる。してやったりの表情のスザンナ。この対比が面白い。

そこにフィガロが現れる。颯爽とアレグロで登場してスザンナを連れて行こうとするが、伯爵に問いつめられる。ここから四重唱だ。テンポが遅くなってアンダンテに。モーツァルトは場面に応じてテンポも音楽も自在に書き分けている。登場人物の心理が重なるように音も重なっていくのを聴くのも魅力。

するとここに庭師のアントーニオが入ってきて舞台は5人になる。ここで彼がフィガロの形勢が不利になる訴えを伯爵にして、状況はにわかに混沌としてくる。ピンチに陥るフィガロをスザンナと伯爵夫人が巧みに助けるあたりは、セリフがリレーされるような声のアンサンブルの面白さが味わえる場面。オペラ歌手の役者としての才覚が問われるところでもある。

フィガロが危うくその場を取り繕ってホッとした途端、音楽は一番華やかに鳴りひびく。ここに女中頭のマルチェッリーナや医者バルトロ、裁判官クルツィオが一団で現れて、フィガロの借金の証文に書かれたマルチェッリーナとの結婚の約束を迫るものだから一同大混乱に陥る。総勢7人のアンサンブルだ。賑やかな音楽の中に各人の思いが交錯して、なんとも贅沢な重唱のうちに第2幕が終了するのだ。

『フィガロの結婚』のアンサンブルの場面。伯爵・伯爵夫人、フィガロ、スザンナ、バルトロ、マルツェッリーナ、ドン・クルツィオが勢ぞろいして音楽的にも大いに盛り上がる!

二重唱に一人づつ加わって、最後は一挙7人のアンサンブルになるプロセスは場面も音楽も変化と起伏に富みながら、見事に一つの流れになっていて見事の一言。

新年は1月に藤原歌劇団、2月は新国立劇場で公演がある『フィガロの結婚』で重唱の魅力とモーツァルトの天才を是非感じていただきたい。

藤原歌劇団の『フィガロの結婚』は2021年1月8,9日の公演
新国立劇場の『フィガロの結婚』は2021年2月7,9,11,14日。こちらも楽しみ!

プロフィール

朝岡聡

フリーアナウンサー、コンサートソムリエ。テレビ朝日時代は「ニュースステーション」やスポーツ中継を担当。フリーになってからはTV・ラジオ・CMに加え、クラシックやオペラのコンサートの企画・司会にもフィールドを広げて活動中。特にバロックからベルカントのオペラフリーク。著書に「いくぞ!オペラな街」(小学館)、「恋とはどんなものかしら~歌劇的恋愛のカタチ~」(東京新聞)など。日本ロッシーニ協会副会長。