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海外映画取材といえばこの人! 渡辺麻紀が見た聞いた! ハリウッド アノ人のホントの顔

スティーヴン・スピルバーグ

連載

第98回

最新作『フェイブルマンズ』がアカデミー賞7部門ノミネート!

── 今回は『フェイブルマンズ』が公開中のスティーヴン・スピルバーグをお願いします。この回を劇場公開後に掲載するようにしたのは、アカデミー賞の結果が出てからにするためでした。本作は作品賞・監督賞以下、7部門でノミネートされていましたが、無冠で終わってしまいましたね。

渡辺 大量得点したのは“エブエブ”こと『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』でした。作品賞・監督賞・主演女優というメインどころをはじめ7部門で受賞。私は『フェイブルマンズ』と、トッド・フィールドの『TAR/ター』を激推ししていたので、大変残念でした。

とはいえ、前回ご紹介したばかりの『エブエブ』のミシェル・ヨーとジェイミー・リー・カーティスの受賞は嬉しかったですね。これまでアクションやホラー映画が代表作だったところに、この映画がプラスされましたから。役者としては喜びもひとしおなんじゃないでしょうか。

── 『TAR/ター』も無冠という結果でしたね。

渡辺 『TAR/ター』は本当に素晴らしいので、主演女優賞にノミネートされていたケイト・ブランシェットを映画の公開時には紹介したいと考えています。

で、『フェイブルマンズ』のスピルバーグです。これは彼の初の自伝的映画と言われていて、当人が共同脚本しています。

『フェイブルマンズ』でスピルバーグ自身が投影されたサミー少年

一番驚いたのは彼の両親の描き方です。初期のスピルバーグの映画では父親が不在で、『E.T.』(82)のように母親のみが登場すると言われていて、これは自分たちを捨てた父親に対する不信感だろうなんて言われていたんですが、この映画ではむしろ母親(ミシェル・ウィリアムズ)の方が奔放で、父親(ポール・ダノ)が真面目で実直。しかも両者が離婚した後、スピルバーグの分身でもある少年サミー・フェイブルマンは父親と暮らしている。実際は母親に育てられたはずなので逆なんですよ。

“もし父と暮らしていたら”的なつもりでそうしたのか、それとも実際はそうだったのか? 作品資料には「私はとても若い時期に、母を親として認識することをやめ、ひとりの人間として見るようになった」と書いているので、母親の奔放さは事実なのかもしれない。

『フェイブルマンズ』よりフェイブルマンズ一家

── なるほど。

渡辺 このエッセイでも『ウエスト・サイド・ストーリー』(21)のときにスピルバーグを取り上げていて、父親に対する言葉も紹介していました。「父が『プライベート・ライアン』(98)を観て、“これはお前が初めて私のために作ってくれた映画だ”と言い、私はその言葉を聞いて泣いてしまった」。そして「『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』(02)は父を讃える映画だ」って。『ウエスト・サイド・ストーリー』も彼の父親がオリジナル版を大好きでリメイクしたのもあり、作品は103歳で亡くなった父親に捧げられていましたからね。

確か『フェイブルマンズ』は、両親に捧げられていたという記憶がある。スピルバーグの分身であるサミーがふたりの影響を受けて映画監督の道を目指すという映画にもなっていましたよね。

『フェイブルマンズ』より父親を演じたポール・ダノ(左)とミシェル・ウィリアムズ(右)

── 前回のこのエッセイで麻紀さんは、スピルバーグが21歳のとき、大女優のジェーン・クロフォードの演出をした話をされていました。この作品にはそういうところも描かれているんですか?

渡辺 いや、それはないです。彼がプロの監督になるまでの話だからなんですが、その時点で驚くべき人と会っているんですよ。

ここからネタバレになるので、まだご覧になってない人は観た後で読んでほしいのですが………。

ハリウッドのレジェンドが代々後進に引き継いでいく“秘訣”

※以下、映画のネタバレがありますのでご注意ください

 
 

私がこの映画を大好きなのは、スピルバーグが映画のもつ力をどう捉えているかがちゃんと伝わるところなんです。それが彼の経験と一緒に語られる。さまざまなシチュエーションで撮った映画や映像がどうやって人間に影響を与えるのかまで描いていて、情緒やノスタルジーに溺れてないんですよ。言い換えれば、彼が今までハリウッドでトップを走り続けて来た理由も分かる。

つまり、硬派な作品なんですが、それをずっとキープできなかったのか、最後にオタクなスピルバーグらしいとても楽しいサプライズを用意してくれているんです。

それが西部劇の神様、ジョン・フォードとの出会い。TV局の重役か誰かに会いに行ったサミーが、なんだったら隣の部屋にいる映画人に会ってみるか、みたいなことを言われて会うのがなんとジョン・フォードなんです。そのときフォードが監督の卵のサミーに言うアドバイスが「地平線をスクリーンのどこに置くかが重要」なんですけど、私はこのシーンを観ていて「あれ? この話、ジョン・ファブローに聞いてる」と興奮しちゃったんです。

『フェイブルマンズ』撮影中のスピルバーグ。楽しそう。

── なんでジョン・ファブローなんですか?

渡辺 彼の監督作『カウボーイ&エイリアン』(11)はスピルバーグが製作総指揮を務めたSFウエスタンだったんです。なので、スピルバーグからのアドバイスはあったかと聞いたら、『フェイブルマンズ』に登場する話をしてくれたんです。

「スティーヴンは16歳のときにジョン・フォードのオフィスに行ったんだ。彼は他の人に会う予定だったんだけど、“ジョン・フォードが隣にいるけど会いたい?”と言われて彼のオフィスに行った。フォードはとてもぶっきらぼうな人で、眼帯をし葉巻をくわえて、とてもおっかない感じだった。

スティーヴンがおそるおそる“ハロー”と声をかけると、“君は監督になりたいそうだね”。スティーヴンが“YES”と答えると、“壁の絵を見てごらん”。そこには西部の絵が飾られていて“すべての絵を見てごらん。そして、地平線がどこにあるか見て”って。地平線が真ん中にあるものはひとつもなく、すべての絵の上にあったり下にあったりした。そしてフォードは“地平線を見て、画家たちが地平線をどこに置くのかに腐心していることに気づいてほしい。それが監督としての最初のレッスンだ”というアドバイスを受けたというんだ」。

このファブローの言葉ほぼまんまのエピソードが描かれていたので、私はひとりで大コーフンしちゃったんですよ(笑)。違うのは主人公の年齢くらいかな。映画では18歳くらいだったと思います。

『カウボーイ&エイリアン』当時のファブロー(中央)と、出演したダニエル・クレイグ&ハリソン・フォード。ファブローはプロデューサー兼監督兼俳優で、俳優としては近年では『アイアンマン』シリーズのトニー・スタークの運転手ハッピー・ホーガン役が記憶に新しい。

── これは有名なエピソードなんですか?

渡辺 スピルバーグファンの何人かに聞いたら、初めて知ったという人ばかりだったんですが、どうも『カウボーイ&エイリアン』のブルーレイの特典映像の中に、ファブローやスピルバーグの対談のような映像が収められていて、そこで話していたというのを聞きました。知らない人が多かったのは、『カウボーイ&エイリアン』がコケちゃったからかもしれませんね(笑)。

── なるほど!(笑)。

渡辺 しかもそのフォードを演じているのがなぜかデヴィッド・リンチなんですよ。それにもびっくりでした。

アカデミー賞では惜しくも受賞を逃した『フェイブルマンズ』だが、ゴールデングローブ賞では作品賞(ドラマ部門)と監督賞をダブル受賞!

それはさておき、ファブローは続けてこう言っていました。

「あのジョン・フォードが、若きスティーヴン・スピルバーグに伝授し、年を重ねたスピルバーグが今度は私にそれを伝えてくれる。これは僕にとって本当にスペシャルなことだった。言うまでなく映画は、常に地平線を意識して撮影していたよ!」

── それはすてきな話ですね。

渡辺 いいですよね。ハリウッドのレジェンドが代々、そうやって秘訣を若い世代に伝授するって。ファブローにはハリウッドレジェンドになってもらわなきゃいけないですが(笑)。

また、スピルバーグは常々、あらゆるジャンルの映画を撮りたいと言っていて、あと残っているのは西部劇とラブストーリーくらいなんですよ。ラブストーリーは「私が撮るとおじさんとおばさんの恋愛になるかなー」という感じでしたが、西部劇は撮るつもりだと思うので、この映画の後に撮るのってすてきだなと思っているんですけどね(笑)。

文:渡辺麻紀
Photo:AFLO
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