海外映画取材といえばこの人! 渡辺麻紀が見た聞いた! ハリウッド アノ人のホントの顔
ガイ・リッチー
連載
第120回

ガイ・リッチー
いつもの“情”は抑え気味に、正当派の戦争ドラマに挑戦
── 今回はガイ・リッチーです。彼の監督作『コヴェナント/約束の救出』が公開されます。
渡辺 これはとてもよかった。リッチーといえば技巧を凝らした軽いノリのクライムドラマだったんですが、本作は正統派の戦争ドラマ。アフガン紛争を舞台に、タリバンの武器庫を探す米軍曹長と彼の隊に就いたアフガン人通訳の関係性を描いている。
“Covenant”の意味は“契約”なので、友情よりクールな印象。動けないほど負傷した自分を助けてくれた通訳と、そんな彼が窮地に陥ったとき、今度は自分が“救出”しようとする物語です。
リッチーが大好きな男同士の友情や絆の話なんですが、そういう情を抑え気味にしているところがいいと思いました。なんだ、こういう映画も撮れるんだと、リッチーを見直しちゃいましたね。

── リッチーは男たちを描く映画が好きだから、考えてみれば戦争映画は彼に向いているのに、今回が初めてなんですってね。
渡辺 そうみたいです。アフガン人の通訳を追ったドキュメンタリーを観て、この話が生まれたそうです。彼らはタリバンからすると裏切者になるので、米軍は通訳とその家族に仕事が終わったら米国のビザを交付するという条件を出していたそうなんですが、それがほとんど実行されてないというドキュメンタリーです。リッチーは、せめて映画では実行しようとしたのかもしれない。

── リッチーはどんな感じの人なんですか?
渡辺 撮る映画と同じように男子の友だちとつるんでいるのが大好きな人です。リッチーの長編デビュー作『ロック、ストック&トゥー・スモーキング・バレルズ』(98)でプロデュースを担当したかつての彼の相棒マシュー・ヴォーンも同じような人で、やはりふたりはよく似ていると思いましたね。映画の趣味もそっくり(笑)。
ちなみにリッチーが『コードネームU.N.C.L.E.』(15)を撮っているスタジオの隣でヴォーンが『キングスマン』(15)を撮っていたという偶然もあったようです。ヴォーン曰く「これまた奇妙な偶然だよなとふたりで笑っていた」そうです。
── ということは、もう組んではないけど、ケンカしているわけではない?
渡辺 そう取れますけどね。どうなんでしょうか。でも、『U.N.C.L.E.』でリッチーが起用したヘンリー・カヴィルをヴォーンは新作『ARGYLE アーガイル』(3月1日公開)で同じくスパイ役で使っていますから。もうひとつ『ARGYLE』はAppleTVの映画なんですが、次の同社の映画『Fountain of Youth』の監督はリッチーです。もしかしてヴォーンが紹介した? なんて考えちゃいますよね。

── 取材のときはどうなんでしょう?
渡辺 『U.N.C.L.E.』のときに取材したんですが、私たちの取材テーブルでは映画の評判が良くて「面白かった!」って最初に誰かが言ったんですよ。するとリッチーが「おお、これはいいスタートだ。やっとリラックスして話せる(笑)。こういう取材ではいつも“最低の映画だった”と囁かれているかもしれないのに“やあ! みんな今日はありがとう!”と笑顔で対応しなきゃいけない。これが辛くてさ。最初にそう言ってくれるとホント、嬉しいよ」と本音を言ってましたね。確かに、私たちジャーナリストも、内心では「これは酷い」と思いつつもニコニコ顔で取材しますから。
ちなみに、映画製作の上で心掛けていることは「自信喪失しないこと」だそうです。
── というと?
渡辺 「映画製作の最初の段階では“ちょっと待て。お前、ちゃんと最後まで熟考しているか?”と考え、そのとき危機感が湧いてくるんだ。だから自分を問い詰め、自信喪失する場合が多いんだが、その後は忘れてしまう。そうじゃなきゃ映画は撮れないから。で、完成してこうやって取材を受け始めたときに、再びまたその自信喪失感がよみがえってくるんだ。毎回ね!」
── きっと、ジャーナリストのひと言ひと言にビビッドに反応してしまうのかもしれないですね。
渡辺 でしょうね。だからなのか、インタビューは常に複数です。記者会見でみんなと並んだり、テーブル取材のときは脚本家と一緒とか。実はこれもマシュー・ヴォーンと同じ(笑)。
── 似てますね(笑)。
『シャーロック・ホームズ』で起きたポジティブな衝突
渡辺 それに、やはり英国人なので皮肉も結構利かせてくれます。たとえば『シャーロック・ホームズ』(09)のとき。彼にとっては初のブロックバスター大作だったんですよ。だからこんな発言をしていました。

「この作品をやったのは、とにかく仕事をしなきゃいけなかったからだ(笑)。それに、インディペンデント映画から飛躍したいとも思っていて、本作はそれにもってこいの企画だった。イギリス人のアイデンティティを失うことなく、アメリカ人の影響力と財力を得ることができる。イギリス人らしさを失うことない理想的な企画だと言える」って。実際、映画は大ヒットしましたから当人もとても嬉しかったと思いますよ。
また、現場では奇妙な衝突があったと話していました。
「オレはすべての人が楽しめるエンタテインメントにしたかったんだけれど、スタジオ側はオレらしい映画にしてくれと言って、まるでパブでふたりがお互い“オレがご馳走するって!”と言い合っている感じだった(笑)。そのおかげで最後までとてもポジティブでいられたんだ」
── メジャーと言えばディズニーアニメの実写化『アラジン』(19)を大ヒットさせてますよね。

渡辺 『シャーロック・ホームズ』よりヒットしました。日本でも興収121億円を超えて、ワールドワイドで10億ドルでしたから。リッチーのファンからすると、彼っぽさをあまり感じられない映画になっていましたけど、それは意識的にやったんでしょうね。「すべての人が楽しめるエンタテインメント」を撮ったんだと思います。本人は満足しているのでは? 私は砂遊びする空飛ぶじゅうたんが大好きでしたね、この作品では。
そういう実績があるからか、ディズニーアニメの実写化『ヘラクレス』や『アラジン2』が企画として挙がっていますね。

もう1本気になるのが、全米では4月に公開予定の『The Ministry of Ungentlemanly Warfare』ですね。実話を基にした物語で、ナチスと秘密裏に戦う英国軍の特殊部隊を描くようです。主演はまたもヘンリー・カヴィル(笑)。そして製作はジェリー・ブラッカイマーです。これも戦争ものですが、『コヴェナント』とは180度違う、彼らしさが炸裂した作品になりそうで楽しみです。
文:渡辺麻紀
Photo:AFLO
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