海外映画取材といえばこの人! 渡辺麻紀が見た聞いた! ハリウッド アノ人のホントの顔
クリストファー・ノーラン
連載
第123回

話題の『オッペンハイマー』でアカデミー作品賞や監督賞をゲット!
── 今回はクリストファー・ノーランです。3月29日(金)に公開される『オッペンハイマー』でアカデミー作品賞と監督賞を獲得しました。
渡辺 アメリカでは去年の夏に公開されましたが、日本ではオスカーの結果が出てからになった。原爆の生みの親であるオッペンハイマーの伝記映画なので、日本で公開するタイミングを計っていたのかもしれない。
── やはり日本人的には辛い部分もあるんですか?
渡辺 原爆開発に従事した人たちが、広島投下が成功したという知らせを受けて大喜びするシーンや、政治家が笑いながら投下都市を決めているシーンは辛くなる人がいるかもしれない。ただ、オッペンハイマーは“とんでもない殺戮兵器を作ってしまった”という後悔に苛まされているので、本作を観て彼に反発する人はいないと思います。
映画の冒頭、ギリシャ神話の英雄、プロメテウスに関するテロップが流れます。「神々の火を盗んで人間に与えたプロメテウスは、その罰として岩に括りつけられた」云々という風に。プロメテウスをオッペンハイマーに重ねているんだと思いました。

── 凄く長いんですよね。
渡辺 3時間あるんですが、その時間は感じさせない。あと1時間というタイミングでいろんな謎が解明し始めて俄然、面白くなりますから。こういう構成も本当にうまいなあーって思いましたね。
ちなみに本作で反発したくなるのは政治家です。科学者たちの賢さや深さをより強調するためもあってなのか、政治家をとことん俗っぽく描いている。日本でも政治家にいろいろと不信感が募っている昨今なので共感できると思います。

── ノーランには何度か会っているんですよね?
渡辺 最初が『バットマン ビギンズ』(05)で、最後は『ダンケルク』(17)です。
私は、彼の初のメジャー映画になる『バットマン ビギンズ』がダメだったんです。その理由のひとつが実録風に作っているからなんですが、これはノーランが意図したところ。「前4作の『バットマン』映画の要素を排除したかった。なぜなら、そういうものを持ち込んだら、この映画を作る意味がないと強く強く思ったからだ」と力説していました。
こんな答えを聞くと固い監督のように感じるかもしれませんが、最初の『スター・ウォーズ』(77)が大好きで、監督を目指したきっかけでもあると言っていましたし、実際そういうエンタテインメントも大好きという印象です。最近は『ワイルドスピード』シリーズが好きと発言してみんなを驚かせましたよね? でも、あれは本心だと思います。
── それはいいじゃないですか!
渡辺 そうなんですよ。あとはこんなことを言っていました。
「映画作りの大変さは身に染みている。だから私は、他の映画をけなしたりはしないと誓ったんだ。たとえつまらなくても、完成するには大変な労力を費やしているはずだから」
── それはすてきですね。
渡辺 ノーランはセカンドユニットを設けず、第二班監督を就けないことでも知られている。すべてのシーンを自分で監督しているんです。大作のときは必ずセカンドユニットがあり、そこを任された監督がメガホンを取るんですが、ノーラン作品では彼だけが監督。助監督はたくさんいますけどね。あれだけの大作を自分だけで監督するのはかなり大変だと思うんですが、それについては『ダークナイト』(08)のとき、こう語っていました。
「私はセカンドユニットを設けない。すべてがメインユニットなんだ。だから、すべてのシーンを私が監督している。実のところ、セカンドユニットの使い方が分からないんだよ。あまり重要だと思えないシーンを他の監督に任せるというのが分からない。私にとってはすべてのシーンが重要だから自分でやるんだ」

── 人に任せられない性格?
渡辺 それもあるかも(笑)。
カメラの向こうにいる監督を初めて意識したのは……
渡辺 今回、かつてのインタビューを読み直してみて、今更ながら気づいたのが建築好きじゃないのかなというところです。『ダークナイト』のときの室内などの撮影は実際の建築物を使っていて、ほとんどシカゴで撮影している。「シカゴは建築的に見ても素晴らしい都市だから4カ月をかけて撮影した」と言っています。確かにシカゴにはミース・ファン・デル・ローエやフランク・ロイド・ライトの建物がたくさん遺っていますからね。
ミースはモダニズムの建築家で、鉄とガラスで作られたファンズワース邸などが有名です。そういう彼のデザインエッセンスを『インターステラー』(14)の2体のロボット、TARS(ターズ)とCASE(ケース)で使っているんです。
「2体のロボットは軍事用なので大きな爆発にも耐えられるように作られている。だから私は、基本的にはただのメタルの塊のようなデザインにしたかった。三脚とかドリーのような単なる機材のようにしたかったのでビジュアル的な個性をもたせたくなかった。個性を与えるのは声だけで、顔はいらない……そうやってそぎ落としていったら最終的には偉大なる建築家、ミース・ファン・デル・ローエがデザインしたようなロボットにしようということになり、ああいうシンプルなデザインになったんだ」
また、『インセプション』(10)で重要なアイテムになっているコマも、米国の有名な家具デザイナーであり建築家のチャールズ・イームズがデザインしたコマの影響を受けていると言っていました。

「妻にコマをプレゼントしたんだけど、それを何度もスピンさせているときに感じるものがあった。というのも子どもの頃、レイ&チャールズ・イームズがデザインしたコマが登場する短編を観て感動し、繰り返し観ていた。本作のコマは明らかにこの影響がある。この夫婦は『Powers of Ten』という短編ドキュメンタリーも撮っていて、これも子どもの頃に観て強い影響を受けたんだ」
こういう建築家の名前が出てくるところを見ると、かなり建築が好きなんじゃないかと。今度、もしインタビューする機会があったらぜひ、聞いてみたいですが、もうオスカー監督になっちゃってハードルが高いかも(笑)。
── 確かに(笑)。それにノーランはデジタルの使用に関しては懐疑的な監督としても知られていますよね。
渡辺 そうです。トラックを横転させたりするときもホンモノを使うし、『TENET テネット』(20)のときはホンモノの飛行機を実際に爆破した。ノーランはデジタルに関してこんなふうに言っていました。
「私は映画のアイデアを考えているとき、それをどういう風に撮影するのかなどの心配はしない。“こういう実写では難しそうなシーンもデジタルならできるよな”とは考えていないんだよ。デジタルはあくまでツール。でも最近、多くのフィルムメーカーがそれを忘れているように感じるけどね」

ちなみに『ダンケルク』のとき、ソーシャルメディアに興味があるかと聞いたら「NO! 自分でもやらない」というので「まさか手書きで脚本を書いてないですよね??」と尋ねると「さすがにそれはコンピュータだよ」と笑っていました。
── ノーランが好きな監督って?
渡辺 最初に意識した監督はリドリー・スコットだと言っていました。
「それまで普通に映画を楽しんでいたんだけど、『エイリアン』(79)を観たときは“これは誰が作っているんだろう”と、初めてカメラの向こう側にいる監督の存在に気がついた。だから、最初に意識したのはリドルー・スコットになる。最初に憧れたフィルムメーカーだけれど、彼とは違う道を歩むようになったようだ」
ノーランの好きな映画は『ブレードランナー』(82)や『2001年宇宙の旅』(68)ですからね。

また、監督として名前を挙げていたのはテレンス・マリックとニコラス・ローグです。理由としては「彼らはシンプルなイメージを使って多くを語り、観客それぞれがそのシンプルな画像から違う印象を感じ取る。まさに私が追求する人間のマインドの無限の可能性をその中に感じるんだ」
ノーランは理詰めの監督なので、質問に対する答えがちゃんとある。それがインタビュアーとしては面白いしやりやすい人だと思います。
次回作はまだ決まってないようですが、きっとまた凄い映画を作るのではないかと。なにせ失敗知らずの監督なんですから!
文:渡辺麻紀
Photo:AFLO
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