海外映画取材といえばこの人! 渡辺麻紀が見た聞いた! ハリウッド アノ人のホントの顔
リチャード・リンクレーター
連載
第133回
リチャード・リンクレーター(右)とグレン・パウエル Photo:AFLO
最新作『ヒットマン』では盟友グレン・パウエルと共同作業
── 今回は監督のリチャード・リンクレーターです。彼の新作『ヒットマン』が9月13日(金)に公開されます。これはどういう映画なんですか?
渡辺 実話を基にした軽いコメディです。大学の先生がアルバイトで警察のおとり捜査を手伝うんですが、そのやり方は殺し屋に化けるという方法。つまり、クライアントが暗殺を指示し現金を彼に渡したときに刑事が踏み込み逮捕するんです。こういうとても映画っぽい設定にもかかわらず、何と実話だというからびっくり。しかも、その先生はクライアントの趣向に合わせてコスプレしているんですが、それもどうも本当っぽい。エンドクレジットに実話の証明として本人の写真が映されますから。
ちなみに、その主人公を演じているのが今、ハリウッドでもっとも旬な役者、『トップガン マーヴェリック』(22)などのグレン・パウエルというのもポイントです。
── 彼は劇場公開中の『ツイスターズ』にも出ていましたよね。
渡辺 これからも新作が目白押しだし、コスプレを連発する本作でその魅力が伝わるのかなと期待したんですが、私には伝わらなかった。当初は、ブラッド・ピッドがこの役に興味を示したみたいなウワサがあったので、そのまんまブラピくんだったらよかったのにーと思ったくらいで。まあ、私がブラピファンだからなんですが。
── 言われてみれば、ブラピとパウエルちょっと似てるかも。
渡辺 そ、そうですか? グレン・パウエル、“グレパ”と呼ばれているようですが、その魅力はよく分からないです。リンクレーターとは同じテキサス州出身で大学も同じ。そのせいもあるのか『エブリバディ・ウォンツ・サム!! 世界はボクらの手の中に』(16)からの付き合いのようで、本作では一緒に脚本を書いている。仲がいいみたいですね。
── リンクレーターにはどの作品で取材したんですか?
渡辺 最初は『がんばれ!ベアーズ ニュー・シーズン』(05)だったんですが、このときのインタビュー素材が見つからなかった。次は『スキャナー・ダークリー』(06)です。これは、フィリップ・K・ディックの同名原作をベースにした作品で、原作のテーマに合わせるかたちでロトスコープを使っている。演技する役者をまず撮影し、それをトレースしてアニメーション化するという技法です。これが、ディックらしい夢かうつつか分からないという世界観を見事に表現していた。ディックファンとしては素晴らしいのひと言!
なので当然、インタビューもディックの話になっちゃって。というのもリンクレーター、同じような手法で撮った『ウェイキング・ライフ』(01)では役者として登場し、ディックがSFハードボイルド『流れよわが涙、と警官は言った』を一気に書き上げたときに体験した奇妙な記憶について語るんですよ。もしかして、このときからディック本の映画化について考えてた?と思うじゃないですか。
それについてはこんな答えでした。
「この『スキャナー・ダークリー』については考えていなかったけど、僕はきっと、いつかディックの小説を映画化するだろうとは考えていて、そのとき頭に浮かんでいたのは『ユービック』だったんだ。この小説も大好きだから」
『ユービック』は超能力者との闘いや時間退行が描かれていて、それに対抗するアイテムが“ユービック”と名付けられたスプレー缶なんですよ……説明するのが難しいですが、この小説にはたくさんファンがいて、(デヴィッド・)クローネンバーグもディックを映画化するなら『ユービック』がいいと言っていましたね。ただ、リンクレーターは「『ユービック』を挙げたのは映画化すると面白いだろうからで、好きな1冊となるとやっぱり『スキャナー・ダークリー』になるかもしれない」と言っていました。
ディックの小説って面白いことに、続けてどんどん読みたくなるんですよね。でも、そうやっているうちに、頭の中ですべての小説がごちゃまぜになっちゃって、何が何だか分からなくなる。小説の中の出来事が、自分の中でも起きてしまうような感じ。小説の主人公のようにアイデンティティを探す感覚になるんです。リンクレーターはアイデンティについてこう語っていました。
「映画を撮りながら自分のアイデンティについて考えることは確かにある。でも、僕はそのアイデンティティが何かひとつのものに属しているとは思っていない。そうやってひとつの何かと結びつかないことが、僕が人生に対して好奇心を持ち続ける理由のひとつだからだよ」って。なるほどなーって思いません?
── そうですね。だからこそ映画を撮れるということですね。
渡辺 そうだと思います。ちなみに彼にディック原作映画で一番好きなのは?と尋ねたら当然の答えでした。「みんなも同じだと思うけど、やっぱりリドリー(・スコット)の『ブレードランナー』(82)だよ。あれは最高! 誰だってそうだ」
私も1番は『ブレラン』ですが、2番目はこの『スキャナー・ダークリー』です(笑)。
── なるほど!
映画のもつ可能性を探るためにさまざまな手法に挑戦
渡辺 次のインタビューは、とても画期的な作品『6才のボクが、大人になるまで。』(14)です。これはタイトルどおり、6才の少年が18才になるまでを追っているんですが、ずっと同じ役者が演じている。実際に6才だった子役をキャスティングし、彼が18才になるまで撮って1本の映画にしているんです。彼の両親を演じたパトリシア・アークェットとイーサン・ホークも同様です。本当に12年の歳月を記録した映画というのが凄い。普通ならドキュメンタリーにしそうなのに、劇映画ですからね。だから、こう言っていました。
「ドキュメンタリー的な要素をもつ題材をドラマでやるのはかなりハードルが高い。長期にわたってコントロールするのが難しいからだし、そもそもフィルムメーカーというのは全部をコントロールしたがるものだから。でも、あえてそれをやったのはリアルな人生の感覚を見せたかったから。もっともっとドラマチックにすることもできたけれど、僕は素の人生を描きたかった」
だから観客も、実際に少年の成長を見ているような感覚に陥って、ラストはさりげないけれど、とても感動的なんですよ。
この作品はさまざまな映画賞を受賞していて、アカデミー賞では作品賞や監督賞をはじめ6部門でノミネートされ、ママを演じたアークェットが助演女優賞を獲得しました。いろんな賞賛の声が届く中、もっとも嬉しかったものは?という問いには「“こんな映画体験は初めてだ”という言葉。映画で新しいことをやるのは本当に難しい。そういう中で誰も観たことのない映画を作れたのはラッキーだったと思う。“観たことない映画だ”と言ってもらえると、映画の力をまた感じることができるから」と言っていましたね。
リンクレーターはいろんな手法、いろんなジャンルの映画を撮っていますが、おそらく映画のもつ可能性を探っているんじゃないかと思います。
── これからの新作はどんな作品なんですか?
渡辺 調べてみたら数本あるようですが、その中では『Nouvelle Vague』というのが面白そうですね。ジャン=リュック・ゴダールの『勝手にしやがれ』の舞台裏を描いた作品で、映像を観たらモノクロだし、言語もフランス語、さらにゴダールやジャン=ポール・ベルモンドを演じる役者たちも新人で揃え、ヌーヴェル・ヴァーグのスピリットを貫いているみたいです。これもリンクレーターの新しい試みになるんじゃないでしょうか。楽しみです。
文:渡辺麻紀