海外映画取材といえばこの人! 渡辺麻紀が見た聞いた! ハリウッド アノ人のホントの顔
スティーヴン・ソダーバーグ
連載
第146回

スティーヴン・ソダーバーグ Photo:AFLO
最新作『プレゼンス 存在』で、全編“幽霊目線”という挑戦
── 今回はスティーヴン・ソダーバーグです。彼の新作でホラーの『プレゼンス 存在』が公開されました。ソダーバーグでホラーというのは珍しいんじゃないですか。
渡辺 もしかしたら初めてなのかもしれないですね。ソダーバーグらしい、いろんなチャレンジがあるホラー映画で、私は楽しみました。
まず上映時間が84分しかない! 2時間超えが当たり前のいま、これは素晴らしい。一人称の視点で、それが何と幽霊。しかもワンシーン・ワンカットという面白い試みで作られている。カット数はわずか33だそうです。もちろん、カメラを回しているのはソダーバーグ自身。ご存じのようにクレジットはいつもの“ピーター・アンドリュース”名義ですが、ソダーバーグです。ちなみにこれは父親の名前だそうですよ。
そういうわけなので、クローズアップがなく、映画始まってしばらくしてやっと母親を演じているのがルーシー・リューだと分かるくらい。なにせその家にとり憑いている幽霊の目線なので、外にいる家族を見ることはあっても、カメラは一度も外に出ない。観客は幽霊の目線でその家族を見ていることになり、ちょっと面白い体験になると思います。

── 面白そうですね。その幽霊は邪悪なんですか?
渡辺 いや、いいヤツなんです(笑)。引っ越してきた家族にヤバいことが起きると、どうにか助けようと頑張ってくれる。一度もその姿を見ることはないんですが、妙にかわいいヤツという気持ちになりました。だからホラーとはいえ、怖いという感じはなかったですね、私は。家にとり憑いた幽霊という設定はデヴィッド・クロリーの『A GHOST STORY ア・ゴースト・ストーリー』(17)を思い出しました。
── ソダーバーグの取材はどの作品で?
渡辺 初めては、彼がアカデミー監督賞を獲った『トラフィック』(00)でした。もう25年も前です(笑)。作品は作品賞をはじめ5部門でノミネートされ、その作品賞を除く監督・脚本・編集・助演男優(ベニチオ・デル・トロ)で獲りました。ソダーバーグは同年、『エリン・ブロコビッチ』(00)でも作品賞・監督賞などにノミネートされるという我が世の春っぷりでしたね。
ちなみにこの年、作品賞に輝いたのはリドリー・スコットの『グラディエーター』(00)です。リドさまも監督賞にノミネートされていましたが、ソダーバーグにもっていかれちゃったわけです。
それはさておき、ソダーバーグは長編デビュー作だった『セックスと嘘とビデオテープ』(89)でいきなりカンヌ映画祭の最高賞、パルムドールをもらっちゃって、そのときの挨拶が「僕の人生を台無しにしてくれてありがとう」だったんですよ。その発言でも注目されたので、今度のオスカーはどうなんだということになるじゃないですか。
「カンヌのときは本当に、ああ、これが僕の人生の頂点で、あとは下り坂とホンキで考えていたから、ついあんな言葉が漏れちゃったわけなんだ。でも、今回のオスカーは違う。もしもらえたら本当に嬉しい。というのも、凄く頑張って作った映画だから」

Photo:AFLO
インタビューしたのは授賞式の1カ月くらい前だったと記憶していますが、自信に満ちた顔をしていたのが印象的でした。
「ドラッグがこの社会でどんな存在なのか、それにとても興味があったんだ。物語がとても入り組んでいるのも、社会がドラッグにどう対処しているかも描きたかったから。複雑な話をシンプルに語ることは、僕にはできない」
“トラフィック”というタイトルは麻薬ルートのことで、麻薬がどうやって若者に蔓延していくのかも分かるように描いていて、とても痛くてダークなんですが、ラストに一条の光が差す。これがよかったですね。ドキュメンタルなタッチもテーマに合っているし、複雑な話を繋げた編集もいい。
ソダーバーグの身近にもドラッグはあって、同じ部屋で他の人がやっていても絶対に手を出さなかった、一度もやったことがないと言っていました。「だって、僕には映画があったから」って。
── それはすてきですね。
渡辺 確かに映画を追いかけていたらドラッグに溺れる時間はないでしょうね、きっと。
で、もちろん、オスカーを獲ったらどうするのかって聞いたんですよ。「有名になるかもしれない。そういうことにはとても用心している。とはいえ、大丈夫だよ。だって、みんなすぐ忘れるから」と笑っていました。

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── そうかもしれませんね(笑)。
『オーシャンズ』シリーズのためにスピルバーグやフィンチャーを分析
── でも彼、その後『オーシャンズ』シリーズ、やっていましたよね? メジャー監督になったという印象でした。
渡辺 『オーシャンズ11』(01)と『オーシャンズ12』(04)のときにもインタビューしました。こういうエンタテインメントに徹した映画をやることで、いろんなジャンルを撮る監督という印象になったわけじゃないですか。なぜそうなのか?という自己分析が大変面白い。
「この映画を撮るため、ソフィスティケートされた技術をもつ監督の作品を何度も繰り返して観たんだ。(スティーヴン・)スピルバーグの初期の作品、そしてデヴィッド・フィンチャーの作品はすべて。彼らがどうやって物語の構成をレイアウトしたのかを分析したんだよ。スピルバーグとフィンチャーがどのように考えていたのかを感じ取りたくて。なぜなら、僕はふたりのようには考えられないから。彼らは視覚的に洗練された監督で、僕は違う」
── そこまで言い切るのって凄くないですか?
渡辺 そうなんですよ。しかも、こうまで言う。
「僕は素材を研究して、どんなスタイルの監督であるべきなのかを考える。つまり、この映画には誰がふさわしいかだよ。一番大切なのは、あくまで映画。自分じゃない」
まあ、いじわるな解釈をすると、その映画にふさわしくなくても辞退はせず、自分を変えてやるということになるわけなんですが、確か、どこかのインタビューで「いろんなジャンルの、いろんなタッチの映画を撮ってみたい」みたいなことを言っていたので、そうやってチャレンジしているんだと思います。
── チャレンジが好き?
渡辺 もしかしたらね。『プレゼンス』もたくさんのチャレンジがありますから。
ちなみにこの『オーシャンズ』の舞台とロケはラスベガスなので、ギャンブルを楽しんだかと聞いたら、またすてきな答えを返してくれました。「まったくやらなかった。だって、映画作りでギャンブルをやらせてもらっているから。それも凄い大金なんだからさ」と笑ってました。
── 麻紀さん、今回取り上げるのをソダーバーグにしようかと話したとき、「すっごく喋ってくれるんだけど、あんまり面白くない」って言ってませんでした? そんなことないじゃないですか(笑)。
渡辺 いや、私も今回、過去のインタビューを発掘して読んでみると、「あらま、意外と面白い」って。
この後『サイド・エフェクト』(13)のときに取材して、最後のインタビューは2017年の『ローガン・ラッキー』なんですが、テープ起こしを読んでみたら面白かった。「自分という人間のアイデンティティを他人の意見と結びつけるのは、とても危険だと思っている。人に意見を結びつけた時点で自分を見失ってしまうから。自分というコンパスを失い“北”すら分からなくなる」

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── なんか人生訓的な言葉が多いですね。ためになります!
渡辺 次の作品はこの3月に全米で公開される『Black Bag』というスパイスリラーです。ケイト・ブランシェットとマイケル・ファスベンダーがスパイ夫婦で、奥さんが国家を裏切ったとき、果たして旦那はどうする?みたいな話のようですね。脚本は『プレゼンス』でも組んでいるデヴィッド・コープ。これは面白そうです。なので、また機会があればぜひ!
文:渡辺麻紀
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