海外映画取材といえばこの人! 渡辺麻紀が見た聞いた! ハリウッド アノ人のホントの顔

ダニー・ボイル

連載

第153回

ダニー・ボイル

前作から“23年後”に手掛けた『28年後…』

── 今回はダニー・ボイルです。彼の監督作『28年後…』が公開されましたね。これは『28日後…』(02)の続編なんですね?

渡辺 そうではありますが、『28日後…』を観てなくてもまったく大丈夫だし、他の監督が撮った『28週後…』(07)もほぼ関係ない。

冒頭に設定、つまり人間を凶暴に変身させる謎の感染症が世界中に広まったとき、他のヨーロッパ諸国は協力し合ってそれを撲滅したけれど、英国は鎖国しちゃったせいで相変わらず感染者がウヨウヨというのが説明されるので、それを知っていれば問題ナシです。キャラクターも一新されていますから。鎖国の設定はイギリスがEUを離脱したブレグジットを意識してのものでしょうね。

監督は『28日後…』に続きダニー・ボイル、脚本もアレックス・ガーランド。ケンカ別れしたとも言われていましたが、この作品で久々にタッグを組んだわけです。

『28年後…』撮影中のダニー・ボイルと、主演のアーロン・テイラー=ジョンソン

── ゾンビがウヨウヨ出てくるんですか?

渡辺 クリエイターのふたりは「ゾンビ」ではなく、あくまで「感染者」と言っていますが、まあ、ルックスも一部の生態もゾンビと重なります。他のゾンビと比べてどうかと言えば、私が観たこれまでのゾンビ映画の中で、もっとも汚いゾンビでした(笑)。

── それはある意味、凄いのでは?(笑)

渡辺 そうとも言えます(笑)。というのもこのゾンビたち、全裸なんですよ。全裸ゾンビ! 男も女も全員素っ裸。これまでのゾンビって基本、服を着ているでしょ? 服を着ているときに襲われてゾンビになるから。その場合、汚いのは露出している部分、顔とか腕くらいじゃないですか? でも、彼らは全裸ゾンビなので、全身が汚いんです(笑)。臭いそうに汚いヤツラが全速力で追いかけてくる……マジでイヤ!と思いましたから(笑)。

『28年後…』の全裸ゾンビ……、もとい感染者

── うわー、イヤかも……。

渡辺 でしょ? もちろん生身の俳優さんが演じているんですよ。だから私、自分が生活に困るくらいの売れない役者であっても、この役だけはやりたくないとまで思っちゃって……そういう意味では本当に強烈なんです。

では、人間のいなくなった世界はどうなのかというと、緑が瑞々しくて、本当に美しいんです。私はガーランドの『MEN 同じ顔の男たち』(22)を思い出しました。この映画も緑がめちゃくちゃ美しかったので。もしかしたら、その美しさを際立たせるために感染者を思いっきり汚くしたのかもしれない。

── お話はどうですか?

渡辺 ストーリーを簡潔に言っちゃえば、病気のお母さんを助けたい息子の冒険&成長物語です。ツッコミどころは満載なんですが(笑)、ボイルとガーランドは好きな映画人ということもあって満足感は高かった。ビジュアルにパワーがあるので飽きさせないのはさすがだと思いましたね。

『28年後…』で感染者に襲われる父と息子

── なるほど! 

通訳されるのも待てずにソワソワしているようなせっかちなタイプ

── で、麻紀さんの好きなボイル監督です。

渡辺 彼が注目されたのは『トレインスポッティング』(96)でしたよね。世界中でブームになるくらい大ヒットして、私も珍しくサントラを買ったくらい。

初めてのインタビューは『スラムドッグ$ミリオネア』(08)のときでした。アカデミー賞の作品賞、監督賞、脚色賞、撮影賞など、なんと8部門も受賞して、その年の映画界を席巻した1本になりました。インドでのロケと『トレスポ』のようなスピード感が見事に融合していましたよね。インドロケについてはこう語っていました。

「この企画を立ち上げたときから、絶対にインドに行ってロケし、100%インド人を使って映画を撮るという強い意志があった。でも、実際に撮影が始まると、くじけそうになる瞬間が何度もあったんだ。一番の問題はコントロールが一切効かないこと。インドは常に変動し続け、人の数は多く、インフラは整っていない。もう大冒険さ(笑)。そこで私が学んだのはコントロールを手放すこと。それによって失うものもあったけれど、それ以上の生のビビッドさや躍動感を得られたんだ」

まさにそういう映画でしたよね。それに、『トレスポ』同様、またもばっちいトイレが出てくる! 今回は出てきませんが、トイレについてはこういう考察をしていました。

「『トレスポ』と似ているという自覚はあったけど、いいシーンだからやっちゃえって(笑)。なぜトイレなのかというと、私の見解ではイギリスの映画人はトイレが好きというのがあるから。なぜ好きかと言えば、トイレでは誰もが平等になれるから、かな(笑)。

実際、ムンバイのスラムを歩いていると、そこらじゅうにウンコが落ちている。そんな場所に偉い人や大スターが現れる。つまり、極端な存在がひとつのシーンに登場するんだ。それこそがインドの魅力。しかも両者は絶対に切り離せない。そういうところに身を置くと、生きているという実感を味わえるんだ……臭いけどさ(笑)」

コントロールが一切効かずくじけそうになっているかもしれない、インドで『スラムドッグ$ミリオネア』撮影中のボイル
Photo:AFLO

── 面白いですね。

渡辺 イギリス出身で、労働者階級から映画監督になった人なので、そういう部分にはビビッドに反応するんだと思います。それにスピード感のある作風が特徴的。スピード感に関しては当人もせっかちタイプなんですよ。通訳さんが入ると、訳している間、ソワソワしているというか、次を喋りたくって仕方ない感じ。撮る映画の時間感覚と似ている監督だなあという印象を受けました。

── なんか分かる感じがします。

渡辺 次にインタビューしたのはサイコスリラーの『トランス』(13)だったんですが、これも目まぐるしいせっかちな映画(笑)。「人間が未踏の偉大なる領域のひとつである脳に大いに興味があり、それを扱った映画が大好き」と言っていましたし、いいアートに出会うとトランス状態になるとも言っていて、このときは「ノア・バームバックの『フランシス・ハ』(12)を観てトランス状態になった。私にとってのいい映画はトランス状態になれること。時間や現実を忘れて映画に夢中になることができる。そういう映画が大好き」

彼の映画はだいたいそういう感じですよね。とはいえ、大好きな『スティーブ・ジョブス』(15)には、いつもの彼の気忙しさというか目まぐるしさがあまりなかった。脚本のアーロン・ソーキンの色が強いんだと思います。ソーキンのジョブスの人生の切り取り方が斬新で、これまでにない伝記映画だと思いましたね。

『28年後…』撮影中にアイラ役のジョディ・カマーとコミュニケーションをとるボイル

ちなみに、現場ではどんな感じなのかを聞いてみました。

「エネルギッシュな方だけど、絶叫したり叫んだりはしないよ。作品に貢献するような意見だったら積極的に取り入れるし、そういう意見を誰もが出せるような現場にしているつもり。どっぷり映画に浸かって、みんなと作っていくのが私の現場。そういうのが大好き!」

元気いっぱいの感じしますよね、やっぱり。

── します!

渡辺 『T2 トレインスポッティング』(17)のときもインタビューしたんですが、考えてみたらこれも1作目から20年後に作っている。「10年後に続編の話が出たんだが、そのときはまだ時間が来てないと思った。でも、20年は違う。明かに差が出る時間だから」と言っていました。このシリーズのスピリットは「ユーモア!」と言っていましたね。「敗者やバカ者、悪者という言葉で片づけられる連中が、どんな逆境でも前に進めるのはユーモアをもっているから」と力説していました。

約20年ぶりの続編で集結した『トレインスポッティング』のオリジナルキャストたち。ボイルを中心に、左から、ユアン・マクレガー、ユアン・ブレナー、ジョニー・リー・ミラー、ロバート・カーライル
Photo:AFLO

ほら、ボイルのこと、せっかちって言ったじゃないですか。『28年後…』は1作目から23年後に作られたんですよ。せっかちだからあと5年、待てなかったのかなあって思うんですが、今年でもう69歳。5年後だと74歳で、ここまでパワフルな映画は撮れないと思ったのかもしれない。あるいは、今の英国や世界の状況を考えてでしょうか。そういうのを合わせると2025年という回答が出たのかもしれませんね。

文:渡辺麻紀

『28年後…』
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