海外映画取材といえばこの人! 渡辺麻紀が見た聞いた! ハリウッド アノ人のホントの顔
ベン・ウィショー
連載
第158回

ベン・ウィショー Photo:AFLO
詩人であり革命家。希代のカリスマの半生を『リモノフ』で熱演
── 今回は英国のベン・ウィショーです。彼が主演した『リモノフ』が公開されました。実在した人物、ウクライナ出身のエドワルド・リモノフを演じています。
渡辺 リモノフは文字どおり波乱に富んだ人生を送ったカリスマです。資料によると「ウクライナに生まれ、ニューヨーク、パリを巡りシベリアの監獄へ」。職業も「詩人、作家、反体制派、亡命者、執事、ホームレス、兵士、活動家、革命家」という具合。デニムのリメイクもやっていましたからデザイナーというのを入れてもいいかも(笑)。
これを『チャイコフスキーの妻』(22)などを手がけたロシア出身のキリル・セレブレンニコフ監督が撮っています。ロバート・ゼメキスとかが撮ると『フォレスト・ガンプー一期一会―』(94)みたいになりそうな感じもするんですが、キリル監督は大変真面目に撮っています。真面目だからこそベン・ウィショーじゃなきゃダメだったんだと思いますね。

── ベン・ウィショーは舞台で注目を浴び、それから映画にも出演するようになったと聞いています。
渡辺 舞台ではとても有名で、『ハムレット』などで絶賛されたと言われていますね。イギリスの男優に「凄いと思う役者は?」と尋ねると、多くの人が彼の名前を挙げるほどですから。
私が最初にインタビューしたのは、彼が映画で初主演を飾った『パフューム ある人殺しの物語』(07)でした。ドイツの作家パトリック・ジュースキントの世界的なベストセラー、『香水 ある人殺しの物語』を同じくドイツのトム・ティクヴァが映画化しました。
この小説、大変面白かったんですよ。主人公は体臭がまるでない男で、彼の得意ワザはあらゆる匂いを嗅ぎ分け、あらゆる香りを調合できるというもの。ヨーロッパの街並みも匂いで表現していて、匂ってくるように汚い(笑)。つまり“匂い”が重要な映画で、それをいかに映画で表現できるのかがポイントでした。ティクヴァに決まる前はスタンリー・キューブリックやリドリー・スコットの名前が挙がっていましたから。当時、リドさま(リドリー・スコット)に「どうやって“匂い”を見せるんですか?」と聞いたら「それこそが問題だよ」と言っていました。みなさん、匂いをどう表現するかに燃えたんじゃないですかね。
── ティクヴァはどう表現していたんですか?
渡辺 それが……よく覚えてない(笑)。だから凄いことはやってなくて普通だったんだと思います。匂いを映像的に表現するというより、嗅ぐ行為を見せて匂いにしている感じだったような気がします。
このとき、ベンくんには原作の主人公のグルネイユという男をどう捉えたかと尋ねたら、答えが秀逸でした。
「グルネイユのイメージは……そうだなジェラール・ド・パルデューって感じがしたなあ。だからといってそれが正しいなんて思ってないよ。だって、今まで見たことも聞いたこともないキャラクターだったから」
── それ、普通の答えでは?
渡辺 いや、原作のグルネイユって、とても醜い男として書かれているんです。醜いんだけど、匂いを操ることで人の心も操るという感じ。その醜い男をド・パルデューって、正直だなこの人って(笑)。続けてこうも言ってました。
「特殊メイクで醜くしたり、カジモド(※『ノートルダムの鐘』に登場する醜い容姿の男)のように身体的な問題を加えるとかしようとしたんだけど、結局は何もしなかった。描くのは彼の表面的な問題ではなく、内面的なものだからルックスは関係ないってことになったんだ」
── 面白い人ですね。
渡辺 そうなんです。しかも彼、ネコ好きなんですよ。ネコを飼っているって言ってました。
「グルネイユは動物に近いと思ったので、うちのネコを観察したんだ。彼も匂いに動かされることがしばしばで、たくさんのヒントをもらったよ。動物には、とてつもなく繊細な部分が潜んでいて、周囲の微妙な変化にも敏感に反応する。そういうことをネコからたくさん教えてもらったんだ」
『007』シリーズのQ役で英国男子ブームにも乗って人気に
渡辺 この後インタビューしたのがぐっと飛んで『クラウドアトラス』(12)と『007 スペクター』(15)だったんですが、前者の資料が見つからなくて。曖昧な記憶だと、このときもネコの話をしていました。一時期6匹くらい飼っていて、至る所にネコがいる状況を大変楽しんでしまった、みたいなことを言ってたように記憶しています。やっぱりかわいいです(笑)。
── 彼は『007』シリーズで若きQを演じてポピュラーになったような印象がありますよね。
渡辺 そうだと思います。『スペクター』のとき「日本で人気が高いことをご存じですか?」って聞いたんです。
「なんとなく気づいていたね。英国で舞台をやっているとき観客席を見ると日本の方がたくさんいて驚くくらいなんだ。バックステージでも待ってくれていたりするから」

Photo:AFLO
当時、ベネディクト・カンバーバッチの影響もあって、日本では英国男子ブームだったんです。Qのベンくんは眼鏡にカーディガンやツイードのジャケットと、とても英国っぽいファッションで、英国男子ファンには大ウケでした。それを言うと「いや、実は最初、もっとみすぼらしくてファッションにまるで構わないオタク度の高い男というアイデアもあったんだよ。でも、それじゃあまりにも類型的だろうというので、カーディガンスタイルになった。気に入ってくれたってことは、結果的にとてもよかったわけだね(笑)」って。
── 確かによく似合ってました。
渡辺 それに、英国の俳優の場合、舞台、映画、TV、そしてラジオと活躍の場が多いんですよ。ラジオでは朗読をやったりしていますからね。ベンくんもやはり舞台、映画、TVで活躍していましたから、それぞれのメディアの醍醐味を聞いてみました。
「舞台では、自分の仕事をよりコントロールできるように思う。それに、観客を前にしているから反応が分かり、その場で満足感を得ることができる。そもそも毎晩違うから活き活きするし、緊張感やアドレナリンの波が押し寄せ、生きている実感があるんだ……疲れるけどね(笑)。その点、映画はもっと安定していて落ち着いた感じがする。でも、舞台のようなコントロールはできないし、出来上がった作品が思ったものとは違うこともあり、フラストレーションを感じることもある。そうなるとやっぱり舞台の方が好きってことになるかな。TVは大好きだよ。時間をかけて自分のキャラクターをつくり上げることができるから。同じ人たちと長期にわたり一緒に仕事をするのも好きだし……そうだな、一番の愉しみは、この3つの世界を行き来し続けることだね。ひとつに絞るなんてことは考えてもないよ」
── とてもよく分かりますね。
渡辺 そうですよね。あと、料理のことも聞いたんです。当時、料理雑誌をやっていたので。「料理は恥ずかしいくらいヘタ」と言って大笑いしてました。なのでお母さんが作ってくれた思い出の料理とかでもいいよと言うと真剣に考えてくれて、「うーん、うーん……思い出せない! ホント、僕はダメなヤツだ。だってさ、この前サーモンを焼こうとしたんだけど、そういう単純な作業すらまともにできないんだよ」とブツブツ言っている姿が大変かわいい(笑)。

Photo:AFLO
── 目に浮かぶようです(笑)。確か彼、ゲイであることを公表していたのでは?
渡辺 公表していたかはよく知らないんですが、彼のそういうセクシュアリティはみなさん、知ってますよね。ただ、当人はそういう質問には答えないと聞いたことがあるので、私もしたことはありません。調べてみたら、オーストラリアの作曲家とパートナーシップを結んでいるとありましたね。
これからの作品にはアレックス・ガーランドが監督する人気ゲームの映画化『Elden Ring エルデンリング』があるようです。どんな役をやるのかは明らかにされてないけど、実はこういうファンタジーはあまり経験ないはずなので、ちょっと期待してしまいますね!
文:渡辺麻紀
『リモノフ』
上映中
(C)Wildside, Chapter 2, Fremantle Espana, France 3 Cinema, Pathe Films.