海外映画取材といえばこの人! 渡辺麻紀が見た聞いた! ハリウッド アノ人のホントの顔

ティムール・ベクマンベトフ

連載

第167回

ティムール・ベクマンベトフ Photo:AFLO

カザフスタン出身の監督兼プロデューサー、最新作はAIをテーマにしたスリラー

── 今日はティムール・ベクマンベトフです。最近はあまり聞いたことがないような印象ですが、彼の監督作『MERCY/マーシー AI裁判』が公開されました。クリス・プラットとレベッカ・ファーガソンが出ていますが、どんな映画なんでしょう?

『MERCY/マーシー AI裁判』予告編

渡辺 犯罪が増え続ける近未来のアメリカで、その数を抑えるために導入された裁判方法がAIが裁判長となって裁くAI裁判です。感情のないAIは目に見える証拠を積み重ねて判決を下すようになっていて、無実を訴えるなら90分以内にAIが示した有罪率を下げなければいけない。そうしないとその場で死刑!という厳しい裁判なんです。クリスは妻殺しの罪でAI裁判にかけられる警官役で、レベッカはそのAI裁判官のアバター役です。

クリスは気が付いたら椅子に括りつけられていて、妻を殺したなんていう記憶は一切ない。でも、断酒を破ってお酒を飲んでいたし、奥さんとケンカもしていたのではっきりと「やってない」とは言い切れず、AIが次々と羅列する証拠映像に翻弄されてしまう。

『search/サーチ』(18)のように全編PC画面だけで構成される映画を“スクリーンライフ・ムービー”というそうなんですが、これもそんな1本と言っていいかもしれません。ちなみに、その『search』や同じ手法のホラー『アンフレンデッド ダークウェイブ』(18)のプロデューサーはベクマンベトフなんですよ。

『search/サーチ』予告編

── ということは、そういう流れをつくったフィルムメーカーが満を持して自分でメガホンを取ったということになる?

渡辺 そうなりますね。しかも本作では、話題性の高いAIネタも入れていますから、ある意味、流行の先端だったりして?

── 面白いんですか?

渡辺 最初の方はAIが次々と事実を並べるだけで正直、まるで面白くない(笑)。ここまで証拠映像が残るんなら犯罪は成り立たないと思うくらい、あらゆるシチュエーションの映像が並べられる。そもそも私、スクリーンライフ・ムービーが得意じゃないんで、これで最後までいったらキツいなあと思っていたんですよ。

でも、ある時点でクリスが覚醒し、第六感を働かせ始める。こうやって見えていた映像は実はこう見るのが正しいんじゃないかとか、この男の証言は実はウソじゃないかとか、勘を働かせ検証し始めるんです。そうなると俄然、面白くなる。なんか、AIだけじゃ結局、面白い物語や映画、アートはできないんだよということを、この作品自体が証明している感じになって面白いなあと思ったんです。

『MERCY/マーシー AI裁判』

── AIの台頭って、ハリウッドの映画人が危惧していることじゃないですか?

渡辺 そうそう。レベッカAIもクリスに先導されるようになったら、あっという間に感情をゲットしたようになってアタフタし始める。これも穿って見ればAIの学習能力の高さを描いていることになりますよね。現実と照らし合わせることでいろんな見方ができるから、もしかしたら実は奥が深い映画なのでは?と思わせる。

ただ、問題もあって、我に返ったクリスが名推理を発揮するんですが、彼ってそこまでキレ者に見えないじゃないですか? いわばこのクリス、安楽椅子探偵という見方もできるでしょ? たとえば同じ状況の探偵の『ボーン・コレクター』(99)のデンゼル・ワシントンならちゃんとクレバー見えるから大丈夫なんですけど、クリス君はそうはいかないなあって。彼がとても優秀な警官だったというエピソードがあれば、その名推理に説得力が生まれると思いました。かつてのアームチェアーディテクティブには手足となって動いてくれる人間の相棒がいて一緒に事件を解決していましたが、現代はその相棒がAIになったという楽しみ方もできる。やっぱり面白いですよ。

『MERCY/マーシー AI裁判』

京都の老舗旅館で懐石料理にびっくり!

── ベクマンベトフ監督の取材は? 彼ってロシア系の人ですよね?

渡辺 カザフスタン出身ですね。ロシアで大ヒットした『ナイト・ウォッチ』(04)、『デイ・ウォッチ』(06)で注目され、ハリウッドから声がかかり同名グラフィックノベルの実写映画化『ウォンテッド』(08)の監督に抜擢された。私が取材したのはこの『ウォンテッド』、『リンカーン/秘密の書』(12)、そして日本ではビデオスルーになってしまった『ベン・ハー』(16)です。

── 『ベン・ハー』って、あのチャールトン・ヘストンが出ていた映画のリメイク? そんな作品があったって知りませんでした。

渡辺 全米で大コケしちゃったんですよ。私は撮影していたチネチッタのスタジオで取材しました。チネチッタはウィリアム・ワイラーの1959年版でも使っていたローマのスタジオで、わたし的には大コーフンでした。というのも、あまりにも有名なチャリオットレースのセットを観ることができたからです。同じように撮影していて、そのセットのデカさに驚きました。映画でも十分デカいんですが、ホンモノはハンパなかったですね。

結果的に映画はコケてしまいましたが、ティムール監督は「原作に近い解釈だから引き受けた」と言っていました。そして「59年の映画は復讐物語になっていたけれど、今回は許しの物語。そういう意味ではとてもコンテンポラリーなストーリーになっていると思う」って。

── そういう映画になっていたんですか?

渡辺 一応、DVDリリースのときに観たんですがよく覚えてない(笑)。ワイラー版の方は、そのチャリオットレースやらガレー船のエピソード等印象的なシーンがたくさんあり、たとえストーリーを覚えてなくてもそういうシーンは目に焼き付いている。ガレー船なんてトラウマ級ですから。ティムール版はそれがなかったように思いますね。

『ベン・ハー』予告編

── ティムール監督はどういう人なんですか?

渡辺 テーブルインタビュー(複数のジャーナリストが本人を囲んで行う取材)のときは質問にチャチャを入れる感じでやりづらい人だなと思ったんですが、1対1の取材になるととてもよかったですね。もしかしたら私が日本人だったからなのかもしれませんが。というのも「私はカザフスタン出身だからアジアの血が流れているんだ。君と同じだよ」と言っていましたから。この言葉の後に「だから私は東洋の繊細さを併せ持っている。それが映画に表れるんだ。それに私は詩的な作品が大好きなんだよ」って。正直、そういう繊細さはあまり感じたことがないですが(笑)。

── そうなんですね(笑)。

渡辺 気を遣ってくれたのか、芥川龍之介の話をしてくれました。「アクタガワという作家を知っているかい? 私の大好きな作家のひとりだよ。トルストイとツルゲーネフの交流を描いた短編『山鴫』を書いている。これを読んだとき、日本の作家は素晴らしいストーリーを見つけるなあと感心したんだ」

もちろん、黒澤明の話にもなって『デルス・ウザーラ』(75)が好きというので、私も調子にのって「デルスに似てません?」というと、「確かに! 似たような土地出身だから」と爆笑してました。

さらに『ウォンテッド』で来日したときの話もしてくれました。

『ウォンテッド』予告編

「20もの違う料理が出てきて驚いた」というので「それは懐石料理というんです」と説明すると、覚えようとしたのか何度も「カイセキ、カイセキ」と繰り返していたのが印象に残っています。京都の古いホテルに宿泊したときの料理で、この旅館がとても楽しかったようなんですね。

「そのホテルではベッドじゃなく床に寝具を敷いて寝るんだ。古いホテルでとても幻想的な雰囲気があって、私はすっかり魅了されてしまったよ。しかも壁にはカリグラフィ(書道)が飾られていて、その美しさに驚きしばらく立ち止まってしまったくらいだった。すると、案内してくれた女性が“この書は日本の最高司令官が書いたもの”だと説明してくれて、その人物はロシアと深い関係があったんだ。えーっと、誰だっけ?……えーっと……トーゲみたいな名前だったが……」というので、もしかしてそれは「トーゴ―じゃなかったですか?」というと「そうだ! 彼はロシアをやっつけただろ?」って。

── 日露戦争の話ですね(笑)。

渡辺 そうなんですよ。東郷平八郎なんですよ。で、調べてみたら、その宿屋は「晴鴨楼 せいこうろう」という有名な旅館でした。懐石料理もありました(笑)。

2008年当時のキメキメのベクマンベトフ
Photo:AFLO

── 日本の話ばかりで、映画の話は?

渡辺 もちろんしましたよ(笑)。『リンカーン』はリンカーン大統領がヴァンパイアハンターだったというファンタジーで原作も面白かったし、映画も好きでしたね。当時、流行っていた3D作品なんですが、その特徴が空気感、チリやモヤ等の表現に使われていてとても美しかった……あ、もしかしたらやっぱり詩的な監督なのかも(笑)。考えてみたらカメラマンがそういう映像を得意とする名手キャレブ・デシャネルでしたから、彼を選ぶ時点で詩的になる。

「私たちは3Dの効果を大気でスペースを埋めるという方法で使ったんだ。スモッグ、雨、塵、ガス、霧、埃……それらで空間を埋めたんだよ。そのおかげで美しい3Dになったんだ」

『リンカーン/秘密の書』予告編

そもそも大好きな吸血鬼映画も最初の『魔人ドラキュラ』(31)や、ヴェルナー・ヘルツォークの『ノスフェラトゥ』(79)を挙げていたので、やっぱり詩的な監督ということでいかがでしょうか(笑)。

文:渡辺麻紀

『MERCY/マーシー AI裁判』
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