押井守の あの映画のアレ、なんだっけ?

リドリー・スコット監督の『ナポレオン』はご覧になりましたか?<前編>

月2回連載

第115回

Q.
リドリー・スコットの『ナポレオン』、もちろん押井さんはご覧になっていると思いますが、どう思われたか教えてください。

── 今回はリドさまの作品『ナポレオン』についてです。同じような質問をたくさんいただいていましたが、諸般の理由で掲載が遅くなってしまいました。すみません。

『ナポレオン』は去年の12月に劇場公開され、3月からAppleTVで配信が始まりました。配信では4時間半もあると言われているディレクターズカット版が観られると思っていたんですが、劇場版と同じ2時間37分でした

『ナポレオン』予告編

押井 ちゃんとお金を払って劇場で観ましたよ。どんな戦闘シーンを見せてくれるのだろうかと期待しまくっていたからね。

でもさ、結論を先に言っちゃうと、サー(リドリー・スコット)が撮りたかっただろう戦闘シーンは実現していなかった。明らかに製作費が足りません!

── 製作費は2億ドルとありますが、公開されたときは1億5000万ドルという触れ込みだった。宣伝費が入って2億ドルになったの? そのへんはよく分かりません。

押井 遥かに『キングダム・オブ・ヘブン』(05)の方がいい。製作費、半分くらいなんじゃないの?

『キングダム・オブ・ヘブン』予告編

── 調べたら『キングダム・オブ・ヘブン』は1億3000万ドルですね。とはいえ20年前の数字ですけど。

押井 2億ドルをかけたようには見えないなあ。戦闘シーンは多いんだけど、その前後がない。『キングダム・オブ・ヘブン』にはあった行軍シーンや死体の山の描写なんかがないんですよ。

── そういわれてみれば……。

押井 『キングダム・オブ・ヘブン』は言うまでもなく戦闘描写自体いい。でも、何が素晴らしいかってその集団戦闘シーンの前後の描写ですよ。十字軍が出発するときの情景とか、戦った後の山になった兵士たちの死体とか。

昔の戦闘というのはせいぜいもって2、3時間。人間の体力はそれぐらい。日本の戦国時代の合戦だって一説によると15分くらいしかもたなかったと言われてるしさ。重い甲冑をつけて、場合によっては6メートルもの槍で叩き合うんだから1時間なんて到底無理なの!

── ナポレオン時代はどうなんですか? ナポレオンは戦術の天才と言われていたんですよね?

押井 軍事的にいうと、ナポレオンの戦術というのは革新的だった。当時の戦術は基本、三兵戦術。砲兵と騎兵と歩兵をどう塩梅して戦うのかがすべてなんだよ。歩兵は横隊で行進するしかなかったからね。

── メル・ギブソンの『ブレイブハート』(95)がそうでしたね。

押井 薔薇戦争(1455年~1485年)の頃でもそれに近かった。当時の戦いは基本的には殴り合い。野蛮人の戦いと言ってもいい。喚き散らしながらボコボコ殴り合い、どっちが最後まで立っていられるか、だよね。

それを変えたのがナポレオン。まず騎兵が登場し、馬体突撃する。600キロ、800キロある馬から突撃されたらどんな人間でも吹っ飛び踏みつぶされる。しかもスピードは人間の十倍以上くらいだし、敵に噛みつくから。馬そのものを兵器にしたんですよ。ナポレオンがロシアに遠征したとき、10万頭を超える馬を揃えたのは有名な話だよ。

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取材・文:渡辺麻紀
撮影:源賀津己
Photo:AFLO

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