押井守の あの映画のアレ、なんだっけ?
押井監督の自主映画の思い出を教えてください!<後編>
月2回連載
第147回
Q.
自分は大学の映画サークルで自主制作映画を撮っているのですが、人員不足や資金不足で毎回、撮影は大変です。押井監督も学生時代には自主映画を撮っていたと金子修介監督の記事で読みました。今と昔では自主映画を取り巻く環境はかなり違うと思いますが、当時の自主映画や現場の思い出などについて教えていただけると幸いです。押井監督の新作も心待ちにしています!
── 自主映画についての後編です。現在の自主映画制作の難しさのひとつは何を撮るのか? 押井さんの学生時代には共有されているような目的意識があって、そういうのを制作するなかでプロになった人もいるとおっしゃっていました。
押井 足立正生とかね。彼は後にパレスチナに行ってアラブゲリラになっちゃったけど、その前はポリティカルな『銀河系』(67)などの自主映画を撮っていた。途中からセミプロのようになって、学生映画のヒーロー的な存在だったんだよ。
ちょっと毛色は違うけど、今は石井岳龍を名乗っている石井聰互も学生映画出身。高校のときに撮った『高校大パニック』(76)で注目された人で、彼はそのときから変わってないんじゃない?
具体的な政治主張はないものの、反骨精神、ロックンロールなところはほとんど変わってない。ある人に言わせると、これだけ変わらない人は珍しいって。貴重な存在だと思うよ。
── 押井さんはどうなんですか? 変わりましたか?
押井 変わりましたよ、大きくね。私は学生の頃、高踏な映画を目指していた。(イングマール・)ベルイマンとか、もちろん(ジャン=リュック・)ゴダールとか。そっちの人間だったんだけど、アニメスタジオに入ってエンタメの人に激変した。突然、子ども相手の作品を作るようになったんだから180度の激変ですよ。
笹川(ひろし)さんに「今日からお前は子どもと勝負しろ。子どもが3分経って横を向いたらお前の負け」「演出の基本は小さな意外性の積み重ね」「次のページをめくらせるのがエンタメの小説家。お前はそれと同じなんだ」云々と言われまくった。
だから一生懸命ギャグを考えたの。でも、そのとき初めて承認欲求が満たされたんです、周りが評価してくれたから。「あんたのギャグ、面白いよ。向いてるんじゃないの?」「コンテ見てるだけで笑えるよ」って。
── その評価は押井さん的には意外だったんですか?
押井 めちゃくちゃ意外だった。私はもっと苦悩に満ちあふれた映画を撮るつもりだったのに、突然ギャグとアクションの監督になっちゃったわけだから。でも、みんなが感心してくれて、初めて自分が何者かになったんですよ。
自主映画からプロの現場に行くときの最大の問題はそこなんです。自主映画の場合は基本、作品が評価されるだけで、監督がどんな思想や趣向の持ち主なのかは問われない。作品としてよくできているのか、面白いのか。でも、プロになるということは、人を面白がらせることに興味がもてるのか。面白がらせるというのは、笑わせ泣かせ、感心させ納得させ……いろいろある。エンタメってそうでしょ? そういう変化を受け入れられるのか? 自分の資質を見極めることができればたぶん、プロの現場でやっていける。
── 押井さんはそうなるのに、どれくらい時間がかかったんですか。
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取材・文:渡辺麻紀
撮影:源賀津己

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