森崎ウィン Aiming To Overseas
映画『(LOVE SONG)』で感じたこと この世に生きるすべての人たちが、好きな人に好きだと言える社会になってほしい
月2回連載
第150回
こんにちは。森崎ウィンです。
いよいよ映画『(LOVE SONG)』が公開となります。タイでの思い出や康ちゃん(向井康二)とのことについてはいろんなところでたくさん喋っているので、この場では僕が今回この作品にどんな気持ちで臨んだか、改めてお話しさせていただければと思います。
今回、僕がいちばん真剣に考えたのは、男性が男性を好きになるということでした。僕の演じたソウタは、親友のカイに片想いをしています。僕自身は今のところ男性を好きになった経験がなくて。そんな当事者ではない人間が、簡単に演じていい役なんだろうかと、お話をいただいたとき、結構考えたんです。
もちろん同性を好きになるのも、異性を好きになるのも、好きという気持ちは同じ。だから、そこに変に線を引く必要はないのかもしれない。そういう意見もわかるし、僕にもそういう気持ちはあります。
ただその一方で、じゃあ現実として、今この社会で、異性を好きになることと同性を好きになることに差はないのかといったら、残念ながらそんなことはないじゃないですか。少なくとも制度の面でははっきりとした差があるし、同性を好きになることで生きづらさを抱えている人はたくさんいる。そういう現実的な課題を見ないふりして、恋愛のキラキラした面だけをすくいとって演じるのは、俳優として、この社会で生きる一員として、誠実と言えるのかなって、僕なりにすごく考えました。
たぶん僕がそこに疑問を持ったのは、以前、『ジェイミー』をやったからだと思います。僕が演じたのは、ドラァグクイーンを夢見るゲイの高校生。そのときも、LGBTQ当事者ではない僕がゲイの男の子を演じることについて考えて。ドラァグクイーンの方に直接話を聞いたり、トランスジェンダー当事者がトランスジェンダー女性を演じる『片袖の魚』という映画を観に行って、トークショーにも参加しました。
でもいろんな人に話を聞けば聞くほど、何が正しいのかわからなくなったんですよね。ある人は「LGBTQというふうにスポットが当てられたことで、逆に生きづらくなった」と言っていて。僕はずっとこうやって可視化されていくことで、物事は前に進んでいるんだと思っていたから、そんなふうに捉える方もいるんだなって驚きました。実際に『ジェイミー』をご覧になった方の中にも、「勇気をもらった」という声もあれば、「現実はあんなに綺麗じゃない」という声もあった。人それぞれ考え方も生き方も違うから、これが正解なんてものは一つもなくて。作品にすることで、救われる人もいれば傷つく人もいるかもしれない。その覚悟を持たなきゃいけないんだなって強く思いました。
だからこそ、今回もう一度同性を好きになるというテーマに向き合うにあたっても、今人気のジャンルだからとか、多くの人に自分のことを知ってもらえるきっかけになるからとか、軽い考えで飛びつきたくなかったんです。
もちろん、映画自体はすごくポップで明るい、観た人みんながハッピーになれるラブストーリーです。決して眉間に皺を寄せて観てほしいわけじゃないし、みんなには思い切りキュンキュンしてほしい。
ただ、少なくともソウタとカイがこんなにもすれ違ってしまう背景には、同性を好きになるということがある。これが異性愛だったら、全然違う話になっていたと思うんですよね。そのことを僕は忘れたくなかった。何かそういう台詞が出てくるわけじゃないけど、演じている間はずっと当事者のみなさんが抱えている苦しさに少しでも寄り添えたらという思いが心の中にありました。
役を演じたからといって、当事者の気持ちがすべて理解できたなんてことはないし、きっと僕の中にも偏見はあるんだと思う。今こうして書いた文章が、もしかしたら誰かを傷つけることもあるかもしれない。でも、わからないなりに精一杯知るべきだと思ったし、少なくとも上から目線で決めつけるような演じ方だけはしたくなかった。僕にとってソウタはそんな思いを込めた役です。
ソウタとカイの恋が、ソウタのように勇気を出すことのできない誰かの背中を押すものになっていたらうれしいです。そして何より、この世に生きるすべての人たちが、好きな人に素直にまっすぐ好きだと言える社会に、好きな人同士が誰の目を気にすることもなく愛し合える社会になることを願っています。
『(LOVE SONG)』、応援よろしくお願いします。
森崎ウィンでした。
★編集部より★
森崎ウィンさんファンクラブのほうでは、ウラバナシを更新!
撮影/米玉利朋子、文/横川良明、企画・構成/藤坂美樹、ヘアメイク/高美希、スタイリング/岩田友裕、衣装協力/GARNI