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川本三郎の『映画のメリーゴーラウンド』

『スティング』の“騙し”の名場面から…ジョージ・ロイ・ヒル『リトル・ロマンス』に出てくる映画好きの少年…、最後は大陸横断超特急「二十世紀号」の話につながりました。

隔週連載

第52回

 ジョージ・ロイ・ヒル監督の『スティング』(1973年)は、いわゆるコンマン(詐欺師)たちがシカゴのギャングのボスをみごとに騙す愉快な映画だが、この映画には、あっと驚く“騙し”の名場面がある。ギャングではなく、観客をうまく騙している。
 この映画はあまりに有名だし、拙文を読んで下さっている方は当然、観ていると思うのであえて書いてしまうことにする。
 天才詐欺師ポール・ニューマンの下で修業することになったロバート・レッドフォードは、シカゴに行き、ギャングのロバート・ショウをはめる策略に一役買う。
 彼は独身なのでいつも行きつけの食堂で食事をする。そこのウェイトレスと親しくなる。敵に追われるところを彼女に助けられたりして、やがてベッドを共にするようになる。
 さほど美人とも思えない、やせた地味な女性である。ディミトラ・アーリスという他の映画では観たことのない女優が演じている。
 だから観客の多くは、彼女のことをさほど気にもとめない。
 ある日、ロバート・レッドフォードが彼女に会いに行く。彼のうしろから黒手袋をした謎の男がつけてくる。いきなり銃をレッドフォードの方に向けて撃つ。
 あわやと思うと、男が撃ったのはレッドフォードの先にいるウェイトレスのほう。レッドフォードは驚くし、観客もなぜ彼女がと驚く。
 と、額を撃たれて倒れた女の右手には拳銃が握られている。女は実はギャングの輩下の殺し屋だった!
 この場面は『スティング』のなかでいちばん驚いた。まさか、地味なウェイトレスが殺し屋だったとは。まさに究極の“騙し”。
 ジョージ・ロイ・ヒルは、あえてディミトラ・アーリスというあまり知られていない目立たない女優を起用したのだろう。
 それが成功した。