川本三郎の『映画のメリーゴーラウンド』
『ユリシーズ』の文豪ジェイムズ・ジョイスが出てくる映画。『第三の男』のジョセフ・コットン、『若き獅子たち』『ガープの世界』…田中絹代の作品にも。
隔週連載
第60回

追手に追われた主人公が逃げ込んだ場所は講演会場。そこで主人公はやむなく講演をする破目になる。
ヒッチコックの『三十九夜』(1935年)のリメイク、ラルフ・トーマス監督の(タイナ・エルグが美しかった!)『三十九階段』(1959年)では、某国のスパイに追われたケネス・モアが女学校に逃げ込み、講演することになる。とっさのユーモアで女学生たちを大いに笑わせ、喝采を浴びるが、逆に大失敗となるのが、キャロル・リード監督『第三の男』(1949年)のジョセフ・コットン。
ウィーンで親友(オーソン・ウェルズ)の謎の死を追求するうちに、あやしげな連中に追われ、いきなりタクシーに乗せられる。拉致されたのかと思うと、そうではなかった。
着いたところはイギリスの文化センターの講演会場。文化局の人間(ウィルフリッド・ハイド=ホワイト)に講演を頼まれていたことを忘れていた(ここは観客も忘れていたため予期せぬ驚きになる)。
やむなく講演することになるのだが、これが散々の結果になる。というのもジョセフ・コットン演じる主人公は大衆向けの西部小説のマイナーな作家。ところが会場に集まってきているのは純文学の読者。演題が現代文学だから仕方がない。
話すこともなく会場からは質問を受ける。
「ジェイムズ・ジョイスをどう評価するか」「意識の流れをどう思うか」と聞かれ、何のことか分からずに立往生してしまう。聴衆は失望し、次々に席を立ってゆく。頭をかかえる主催者のウィルフリッド・ハイド=ホワイトが可笑しい。この傍役はキャロル・リードの『文化果つるところ』(1951年)やジョージ・キューカーの『マイ・フェア・レディ』(1964年)などで知られる。