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川本三郎の『映画のメリーゴーラウンド』

ニューヨークのイメージを一新させた『アニー・ホール』と『マンハッタン』。映画の尻取り遊び、最後はウディ・アレンにつながりました。

隔週連載

第66回

 ウディ・アレンの1977年の『アニー・ホール』は、それまで軽いコメディアンと見られていたウディ・アレンがはじめて作家性を打ち出した作品として重要であるだけではなく、ニューヨークのイメージをそれまでの“荒れた町”から“おしゃれな町”へと一変させた意味でも画期的な作品だった。
 ウディ・アレン演じる主人公は、スタンダップ・コメディアン。ブルックリンで生まれ、いまはマンハッタンで暮らしている。ユダヤ系アメリカ人。彼が愛するようになるダイアン・キートン演じるアニーは中西部からニューヨークへ出た。歌手志望。
 二人の恋愛がコミカルに描かれてゆくのだが、この映画で画期的だったのは、それまでの“荒れたニューヨーク”を描く映画とは正反対で、犯罪も、麻薬も、ポルノも、ゴミだらけの汚い通りも、落書きだらけの地下鉄も一切出てこないこと。
 ウディ・アレンもダイアン・キートンも知的ニューヨーカーで、共に映画館に行ったり(ベルイマンの映画を上映している)、テニスクラブでプレイしたり、本屋に寄ったりする。
 悪く言えば知的スノッブだが、自己風刺があるので嫌味ではない。最後のクレジットにニューヨーク市への謝辞が入るが、ほとんどのシーンはマンハッタンで撮影されている。セントラル・パークを始め、普通のニューヨーカーが普通に暮す通りや建物が親しみをこめて描かれている。
 それまで犯罪映画で見慣れた汚れたニューヨークのイメージが一変した。古き良き時代に戻ったといえばいいだろうか。いわばニューヨーク・ルネサンス。
 この点がやはり新鮮だったのだろう、『アニー・ホール』はアカデミー賞で作品賞、監督賞、主演女優賞、脚本賞(ウディ・アレンとマーシャル・ブリックマン)を受賞した。映画人も“汚ないニューヨーク”を見るのはもう辟易していたのかもしれない。