川本三郎の『映画のメリーゴーラウンド』
シューベルトが使われた『男はつらいよ』の話から…宮崎駿の『風立ちぬ』…隅田川のポンポン蒸気につながりました。
隔週連載
第23回

シューベルトは『男はつらいよ』にも使われている。
第二十作『男はつらいよ 寅次郎頑張れ!』(1977年、藤村志保主演)で実にユーモラスにシューベルトの歌曲が登場する。
東北から出てきて柴又の大衆食堂で働いている大竹しのぶが紆余曲折あって、長崎県平戸出身の電気工の若者、中村雅俊と結ばれることになる(ちなみに、渥美清の寅は、この若者の姉、藤村志保に惚れる)。
二人の婚約を祝う会がとらやで開かれる。タコ社長、太宰久雄や博、前田吟も出席し、酒が入り、にぎやかに民謡が歌われる。
そこで、大竹しのぶが働く食堂の主人が、では、私も一曲と、立ち上がる。一同、また民謡だろうと手拍子ではやしたてる。
そこで食堂の主人が歌い出したのは、なんとシューベルトの歌曲『菩提樹』。それもドイツ語で。声も、みごとなもので、手拍子をしていた一同、しゅんとなってしまう。
食堂の主人とシューベルトというアンバランスが笑いを誘った。
この主人を演じたのは俳優ではなく、築地文夫という本職のテノール歌手。うまい筈だ。