川本三郎の『映画のメリーゴーラウンド』
チャイコフスキー「ピアノ協奏曲第一番」の話から、『冬の華』『ここに泉あり』『レオン』…最後はジャン=ピエール・メルヴィルにつながりました。
隔週連載
第28回

チャイコフスキーの「ピアノ協奏曲第一番」が何度も流れた映画といえば、倉本聰脚本、降籏康男監督の『冬の華』(1978年)。
やくざの高倉健が、渡世の義理からやむなく同じやくざの池部良を殺す。相手には幼ない娘がいた。仕方なしとはいえ子供のいる相手を殺した罪の意識から高倉健は、成長してゆくその娘(池上季実子)にひそかに学費を援助する。「足ながおじさん」になる。
ある時、娘からの手紙に「いま名曲喫茶店でチャイコフスキーのピアノ・コンチェルトを聞きながらこの手紙を書いています」とある。
成長した娘の姿を見たくて、出所した高倉健はその名曲喫茶店に行ってみる(設定は、横浜の喫茶店だが、撮影は、京都、円山公園のなかの「長楽園」)。
美しい曲が流れている。ウェイトレスに「リクエストはありますか」と聞かれた高倉健、池上季実子からの手紙を思い出し「チャイコフスキーのピアノ・コンチェルトを」。するとウェイトレスが「今流れているのがその曲です」。苦笑する高倉健。やくざ稼業にはクラシックは無縁だったのだから仕方がない。
『冬の華』では、池上季実子のテーマ音楽として何度かこの曲が流れる。演奏はクレジットによれば、ウラジミール・アシュケナージ。ロリン・マゼール指揮のロンドン交響楽団。