川本三郎の『映画のメリーゴーラウンド』
マルティーヌ・キャロルの話から、日本映画の入浴シーンについて、津島恵子、京マチ子、岡田茉莉子、高峰秀子…最後は田中絹代と乙羽信子の『安宅家の人々』につながりました。
隔週連載
第30回

まだ女優のヌードが珍しかった昭和二、三十年代、フランスの女優マルティーヌ・キャロルはよくヌードを見せて人気を博したが、日本の女優で当時、ヌードになったのは誰だろう。
当時のことだからもちろんあくまで身体の一部を見せるだけ。
子供の頃に観た映画で記憶に残るのは、阪東妻三郎主演の時代劇『魔像』(大曾根辰夫監督、1952年)。津島恵子演じる若い女性の入浴シーンがあったのだ。ただ風呂に入っているだけで、せいぜい肩を見せるだけだが、小学生には充分に刺激があり、忘れられない映画になった。
後年、津島恵子にインタヴューする機会があったが(拙著『君美わしく 戦後日本映画女優讃』文藝春秋、1996年)、おそるおそる『魔像』の入浴シーンを憶えていますかと聞くと、「ええ、覚えてます。それはね、菅原通済さんが会うたびに、あのときはどうしたっておっしゃったもんで、わたしも忘れないんですね。どうしたっていっても、檜のお風呂があって、湯気の感じを出すためにお線香たいて、それで水着を着て」とにこやかに話されたものだった。ちなみに菅原通済は政界の黒幕と称された昭和の実業家。『早春』(1956年)『彼岸花』(1958年)『秋日和』(1960年)など小津安二郎映画によく出演したので知られる。大人にも刺激的場面だったと分かる。