川本三郎の『映画のメリーゴーラウンド』
『甘い生活』に登場したトレヴィの泉から、パパラッチの話…、最後はオードリー・ヘップバーンの『ローマの休日』につながりました。
隔週連載
第34回

ローマのトレヴィの泉が、日本人に知られるようになったのは1954年に公開されたアメリカ映画、ジーン・ネグレスコ監督の『愛の泉』によってだろう。
原題は『Three Coins in the Fountain(泉の三つのコイン)』。この泉はトレヴィの泉のこと。三人の若いアメリカの女性(マギー・マクナマラ、ジーン・ピータース、ドロシー・マクガイア)が、ローマに行き、そこで、それぞれの恋をする。トレヴィの泉にコインを投げ入れ、ローマにまた来たいと望むと、その願いが叶うという云いつたえがあるとは、この映画で知った。
同じ1954年に公開されたウィリアム・ワイラー監督の『ローマの休日』では、オードリー・ヘプバーン演じる王女が、トレヴィの泉の近くの美容院で髪をショートにカットする。その姿をこっそりカメラにおさめようと、新聞記者のグレゴリー・ペックは、トレヴィの泉に修学旅行に来た小学生の女の子のカメラを借りようとして、付添いの先生ににらまれる。ユーモラスな場面。
『愛の泉』と『ローマの休日』に登場して日本でも知られるようになったトレヴィの泉は、前回紹介したフェリーニの『甘い生活』(1960年)で、特大級のグラマー、アニタ・エクバーグが入ったことでさらに有名になった。
この場面が、フェリーニ自身にも、アニタ・エクバーグにとっても、いかに忘れられない名場面であったかは、フェリーニの1987年の作品『インテルビスタ』(1987年)で、フェリーニとマルチェロ・マストロヤンニがチネチッタ撮影所の帰り、エクバーグの別荘を訪れ、往年のミューズに再会し、『甘い生活』の、トレヴィの泉の場面を観ることによくあらわれている。
あれから三十年近くになり、いまやすっかり太ってしまった(しかし、ゴージャスさは失わない)エクバーグが、若き日の輝くばかりに美しい自分の姿を観て、ほろりと涙するところは時の無常を感じさせ、観るほうも涙を禁じ得ない。