池上彰の 映画で世界がわかる!
『5月の花嫁学校』―男女格差が問題になっているいまこそ見る価値のある映画
毎月連載
第36回
良き女性とは、“わきまえる”ことを知っていることなのか。男女格差が先進国最悪だと問題になっている日本ですが、男女平等の典型のようなフランスも、かつては“良妻賢母”が尊ばれていた時代があるのです。
この映画の舞台は1967年。パリから遠く離れた田園地帯に位置する花嫁学校に18人の少女たちが入学します。生徒たちは、ここで“良き妻”になるための修業を積み、“良き相手”を見つけて家庭に入ることが理想の人生でした。
田舎の農家の娘でも、花嫁修業を積めば、玉の輿に乗ることも夢ではない。貧しさから脱出する手っ取り早い方法だったのです。
この学校で教えられるのは、ひたすら夫に仕え、夫を喜ばすこと。料理や掃除、洗濯、育児、裁縫、夫のシャツのアイロンがけと、まるで奴隷のように男に尽くす技法を叩き込まれます。
寝るときにはパジャマなどとんでもない。ネグリジェを着なさいと𠮟られます。いまの視点では笑ってしまうしかないのですが、1967年のフランスでは、これが現実だったのです。
そういえば日本だって、当時は各地に花嫁学校が存在していました。「女に高等教育は必要ない」と言われ、進学を断念した女性たちが、親の命令で花嫁修業をしていました。「花嫁修業」という言葉が、ごく普通に使われていたのです。
とはいえ、フランスの田舎から出てきた少女たちは、礼儀作法の基本を知りませんから、教育は大変です。少女たちは性に目覚め、大人たちの押し付けに反発します。
花嫁学校の厳格な校長(演じるはフランスを代表する女優のジュリエット・ビノシュ)は、そんな生徒に手を焼いていましたが、ある日、経営者である夫が突然死してしまいます。遺品整理をしていたら、学校の帳簿を発見。学校の経営状態が破産寸前であることを知ります。
さあ、大変。なんとかしなければ学校は潰れてしまう。義理の妹(夫の妹)と共に銀行に融資の相談に赴くのですが、そこで出会った担当者は、なんと、長らく音信不通になっていた、かつての恋人ではありませんか。
ここからドラマは、花嫁学校の教育と校長の恋愛模様が同時進行するというコメディーになっていきます。
いまのフランス社会が形成されるきっかけとなった5月革命と同じ1967年が舞台
この映画のタイトルに“5月”とあります。1967年5月といえば、フランス人なら誰でも知っている“5月革命”のときです。
旧体制に反発したパリの大学生たちが大学を占拠。パリの学生街であるカルチェ・ラタンで警察の機動隊と衝突を繰り返します。この運動に労働組合員たちも合流し、パリは騒然とした空気に包まれます。
当時の日本も学生運動が急激に盛り上がりました。東京・神田では、明治大学や日本大学、中央大学(当時は神田にキャンパスがあった)の学生たちが機動隊と激しく衝突。神田は「日本のカルチェ・ラタン」と呼ばれたものです。
フランスの5月革命は、資本主義体制の転覆には至りませんでしたが、社会革命ではありました。女性差別が大きな問題となり、男性の奴隷となることを拒否した“目覚めた女性”たちが生まれ、いまのフランス社会が形成されるきっかけとなったのです。
映画の冒頭には歌手アダモの『雪が降る』が流れ、1967年のファッションが次々に展開されます。校長がスカートではなくパンツを履いたのを見て、驚く周囲の人たち。あれから世界は大きく変わったのだと痛感します。
翻って、我が日本はどうなのか。コミカルなストーリーに笑いながらも、ふと日本社会の現実を見てしまう。いまこそ見る価値のある映画でしょう。
掲載写真:『5月の花嫁学校』
(C) 2020 - LES FILMS DU KIOSQUE - FRANCE 3 CINEMA - ORANGE STUDIO - UMEDIA
『5月の花嫁学校』
5月28日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国公開!
監督・脚本:マルタン・プロヴォ
出演:ジュリエット・ビノシュ/ヨランド・モロー/ノエミ・ルヴォウスキー ほか
プロフィール
池上 彰(いけがみ・あきら)
1950年長野県生まれ。ジャーナリスト、名城大学教授。慶應義塾大学経済学部卒業後、NHK入局。記者やキャスターをへて、2005年に退職。以後、フリーランスのジャーナリストとして各種メディアで活躍するほか、東京工業大学などの大学教授を歴任。著書は『伝える力』『世界を変えた10冊の本』など多数。