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池上彰の 映画で世界がわかる!

『モーリタニアン 黒塗りの記録』―9.11から20年。実話を元に描かれるアメリカの暗い裏面

毎月連載

第41回

地味で素っ気ないタイトルです。題名だけでは、なかなか観る気が起きない映画ですが、中身は凄い。アメリカは本当に“自由の国”なのかという疑問が湧きます。

その一方で、「テロリストの味方をするのか」という非難の中でも弁護士活動を全うする人もいる。これもまた、アメリカの断面です。

舞台はアメリカとキューバにあるグアンタナモ米軍基地です。ここに連行されたアフリカ北西部の国モーリタニアの青年の弁護をする弁護士と死刑にしようとする軍の検事との法律による戦いです。実話にもとづいた映画なのです。

2001年9月に起きたアメリカ同時多発テロを受け、アメリカはテロの首謀者オサマ・ビンラディンが潜伏していたアフガニスタンを攻撃し、いったんはビンラディンを匿っていたタリバン政権を倒しました。

しかしその後、タリバンは勢力を盛り返し、米軍が撤退するやタリバン政権が再び政権を掌握しました。いまになってみれば、この20年間は何だったのか、という思いが募りますが、この間、米軍はビンラディンにつながるテロの容疑者を次々に逮捕してきました。

ところが、逮捕した容疑者の処遇に困ります。アメリカに連行すれば、容疑者には弁護士を選任する権利があるし、拷問は許されません。それでは十分な捜査ができないと考えたジョージ・W・ブッシュ(息子)政権は、キューバのグアンタナモ基地に収容所を作って拘禁することを思いつきました。

反米国家のキューバには、皮肉なことに米軍基地が存在します。かつてキューバはスペインの植民地でしたが、1898年の米西戦争(アメリカとスペインの戦争)によって独立を果たします。アメリカの支援で独立を果たしたキューバは、その礼として1903年にアメリカにグアンタナモ基地の永久租借を認めました。

その後、1959年のキューバ革命で、反米国家となった後も、キューバには米軍基地が存続することになりました。

ここはアメリカではない外国。ここにテロ容疑者を連れてくれば、アメリカの法律を適用する必要がなく、容疑者は裁判にかけずに長期間拘禁できると考えたのです。

しかもブッシュ政権のラムズフェルド国防長官は、容疑者に対する“特殊尋問”を許可しました。これは都合の悪いことを隠す言い換え。要は拷問することを許可したのです。ただし、身体的な拷問は傷が残って拷問の証拠になってしまいます。そこで、睡眠をさせない、水責めをする、「母親を逮捕するぞ」と脅迫する……という手法で精神的に追い詰め、供述を引き出そうとしたのです。

容疑者となったのは、モーリタニア出身のモハメドゥ・スラヒ。9.11の首謀者のひとりとしてグアンタナモまで連行されましたが、裁判が開かれることなく長期間にわたって拘束されていました。

それを知った弁護士のナンシー・ホランダー(ジョディ・フォスター)はスラヒの弁護を引き受け、「不当な拘禁だ」とアメリカ政府を訴えます。

一方、アメリカ政府は、米軍の敏腕将校スチュアート中佐(ベネディクト・カンバーバッチ)が起訴を担当し、被告を死刑にしようとします。

この映画は、実際に起きた事件だと知ったベネディクト・カンバーバッチが映画化に動き、軍の検察官を演じています。

アメリカの暗い裏面と正義を貫こうとする弁護士と。アメリカを重層的に知る格好の映画です。

掲載写真:『モーリタニアン 黒塗りの記録』
(C)2020 EROS INTERNATIONAL, PLC. ALL RIGHTS RESERVED.

『モーリタニアン 黒塗りの記録』

10月29日(金)、TOHOシネマズ 日比谷ほか全国ロードショー

監督:ケヴィン・マクドナルド
出演:ジョディ・フォスター/ベネディクト・カンバ―バッチ/タハール・ラヒム/シャイリーン・ウッドリー/ザッカリー・リーヴァイほか

プロフィール

池上 彰(いけがみ・あきら)

1950年長野県生まれ。ジャーナリスト、名城大学教授。慶應義塾大学経済学部卒業後、NHK入局。記者やキャスターをへて、2005年に退職。以後、フリーランスのジャーナリストとして各種メディアで活躍するほか、東京工業大学などの大学教授を歴任。著書は『伝える力』『世界を変えた10冊の本』など多数。