池上彰の 映画で世界がわかる!
『オペレーション・ミンスミート -ナチを欺いた死体-』―まるで小説のような英国の謀略作戦
毎月連載
第45回
戦争には謀略が付き物です。でも、これほど手の込んだ謀略は、なかなかありません。第二次世界大戦中、イギリスの諜報機関MI5が、ナチスドイツのヒトラーを欺こうとしたのですから。まるで小説のような作戦ですが、事実、小説にヒントを得て立てられた作戦なのです。
そのアイデアを出したのは、『007』シリーズの著者イアン・フレミングです。この映画の中に、小説を執筆している彼の様子が登場します。
時は1943年。イギリス軍は、欧州を席捲したドイツ軍に一矢を報いるため、イタリアのシチリアに上陸する計画を立てます。
しかし、当然のことながらドイツ軍もこれを予測。大部隊をシチリアに集結させ、イギリス軍の上陸に備えていました。
このままシチリアに上陸したら、イギリス軍は壊滅的な損害を被ることになるでしょう。どうすればイギリス軍を安全にシチリアに上陸させることができるのか。
そこで考えたのが、イギリス軍はギリシャに上陸する極秘作戦を計画しているのだとドイツに思わせることでした。
しかし、どうすれば、そんなことが可能なのか。そこで考案された秘密作戦が「オペレーション・ミンスミート」(ミンスミート作戦)でした。ミンスミートというのは日本ではなじみが薄いですが、イギリスの保存食です。直訳すれば挽肉ですが、ドライフルーツやナッツなどを砂糖やスパイスと一緒にブランデーなどで漬け込んだもの。肉の保存方法として使われていたこともあります。秘密作戦の全貌を知れば、「なるほど、肉の保存なのか」ということがわかるでしょう。
作戦は大胆なものでした。ギリシャ上陸作戦という偽の文書を持ったイギリス海軍の将校が飛行機事故で海に墜落。溺死してスペインの海岸に流れ着いたと騙す作戦でした。
この作戦を成功させるためには、まずは適当な溺死体を見つけなければなりません。兵役についている年齢の男性でなければなりません。そんな人物を発見するのは容易ではありませんが、MI5は、なんとか死体を見つけます。でも、その死体に海軍将校の制服を着せて海に流せばいい、という単純なものではありません。
ドイツ軍が欺瞞作戦に気づくかも知れないからです。そこで、発見した死体を溺死体らしく工作した上で、保存しながら架空の人物に仕立てていきます。本物らしくするため、恋人がいたことにして、作戦に参加した女性を恋人役にして写真とラブレターを制服のポケットに忍ばせるという手の込んだことまでするのです。
この死体をスペインの海岸に漂着するようにするのですが、スペインは中立国。イギリス海軍の軍人だと見れば、書類も一緒に死体をイギリスに返還するはずです。これでは死体が持っていた偽の書類がナチスドイツの手に渡りません。そこでMI5は、書類をイギリス海軍が必死になって回収しようとしているように装い、ドイツを欺瞞します。
一方、ドイツ軍はドイツ軍で、この書類を見たことがわかればイギリス軍は作戦を変更するだろうと考えますから、密かに盗み見た上で、それがイギリス軍側に露見しないような工作をします。
こうなると、MI5は、ドイツが本当に偽の文章を見て信じたかどうかを確認しなければなりません。
ここまで来ると、まさに謀略合戦です。さて、この作戦の行方はいかに……。
戦争に謀略は付き物です。第二次大戦中、米英連合軍は、フランスのノルマンディーに上陸するときも、カレー海岸に上陸しようとしているようにドイツを欺瞞します。朝鮮戦争時にアメリカ軍は、韓国の大部分を占領した北朝鮮軍を攻撃する際、東海岸から上陸するように見せかけて、西海岸の仁川から上陸しました。
考えてみれば、戦争時の謀略といえば、「トロイの木馬作戦」の昔にさかのぼることもできます。戦争中は知られることがなかった秘史をお楽しみください。
掲載写真:『オペレーション・ミンスミート -ナチを欺いた死体-』
(C)Haversack Films Limited 2021
『オペレーション・ミンスミート -ナチを欺いた死体-』
2022年2月18日(金)TOHOシネマズ 日比谷ほか全国公開
監督:ジョン・マッデン
出演:コリン・ファース/マシュー・マクファディン/ケリー・マクドナルド/ペネロープ・ウィルトン/ジョニー・フリン/ジェイソン・アイザックスほか
プロフィール
池上 彰(いけがみ・あきら)
1950年長野県生まれ。ジャーナリスト、名城大学教授。慶應義塾大学経済学部卒業後、NHK入局。記者やキャスターをへて、2005年に退職。以後、フリーランスのジャーナリストとして各種メディアで活躍するほか、東京工業大学などの大学教授を歴任。著書は『伝える力』『世界を変えた10冊の本』など多数。