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池上彰の 映画で世界がわかる!

『メイド・イン・バングラデシュ』―ファスト・ファッションを「安い」と喜んで買う裏に何があるのか?

毎月連載

第46回

私たちが、いわゆるファスト・ファッションと呼ばれる衣料品を安く買えるのは、なぜか。もちろん人件費の安い途上国で縫製されているからです。でも、縫製工場では、どのような労働が行われているか、想像したことがあるでしょうか。

人件費の安い国のひとつとして、バングラデシュがあります。「アジア最貧国」と呼ばれるバングラデシュ。バングラデシュで援助活動をしている人に言わせると、もはや最貧国ではないということですが、貧しい国であることは確かです。

人件費が安いことに目をつけて、世界各国の企業が、現地の工場に縫製の仕事を発注しています。工場同士の競争もあり、働く人たちは低賃金に苦しんでいます。

2013年11月、そんな工場のひとつで火災が発生しました。バングラデシュでは同年4月にも首都ダッカ近郊の縫製工場が入ったビルが崩落し、1100人を超える死者と2500人以上が負傷する惨事が起きたばかりだったので、私は火災直後の工場を取材しました。

火災があった工場では死者は出ませんでしたが、現場には「アメリカン・イーグル」など世界各国の名だたるブランドの商品のタグが散乱していました。

そんな実話にもとづいて制作されたのが、この映画です。日本でも「メイド・イン・バングラデシュ」の商品が売られています。日本で売られている商品が、すべて苛酷な労働条件の工場で製造されているわけではありませんが、この映画を観ると、その構造が見えてきます。

失業中の夫を養うためにも労働条件の悪い工場で働く地方出身のシム。家賃の支払いにも困窮していますが、ある日、人権団体から労働組合の結成を働きかけられ、自分たちの労働条件に気づきます。毎日1650枚もつくっているTシャツの先進国での売値は2~3枚で自分の月収分だと知って愕然とするのです。

労働組合を結成すれば、未払いの賃金も支払われるし、解雇されることもないと人権団体の説得を受け、シムは結成に向けて動き出します。しかし、それを知った会社の経営者から嫌がらせを受けたり、金で懐柔されたりという攻撃を受けます。解雇される仲間も出てきます。

女性の立場が弱いバングラデシュですから、組合の結成を目指すシムの夫は、それを妨害。シムの外出を止めようとさえします。

こういう現状を見ると、いまの若い人たちは驚くでしょうが、かつての日本も同じ状態だったことがあります。

1954年、大阪に本社のある近江絹糸紡績(当時)の工場の女性工員たちが、人権無視の労働環境に抗議して労働組合を結成したところ、会社側が大量解雇で対応するという騒動に発展しました。最終的に解決しましたが、あまりに前近代的な会社の実態は、当時の社会を呆れさせました。この映画の舞台となったバングラデシュの工場と同じようなことが、当時の日本でもあったのです。

会社の嫌がらせにもめげず、シムは労働組合結成届を労務省(日本の厚生労働省に該当)に提出しますが、役人は言を左右にして受け取りを認めようとしません。

怒ったシムがとった行動とは……。

これは、ファスト・ファッションの安値の秘密の告発映画であると共に、女性の地位が低い中で自らの権利に目覚めて成長する女性の物語でもあります。

あなたがファスト・ファッションを「安い」と喜んで買う裏に何があるのか、考えざるを得ないでしょう。

掲載写真:『メイド・イン・バングラデシュ』
(C)2019 - LES FILMS DE L’APRES MIDI - KHONA TALKIES - BEOFILM - MIDAS FILMES

『メイド・イン・バングラデシュ』

2022年4月16日(土)〜岩波ホールほか全国順次公開

監督:ルバイヤット・ホセイン
出演:リキタ・ナンディニ・シム/ノベラ・ラフマンほか

プロフィール

池上 彰(いけがみ・あきら)

1950年長野県生まれ。ジャーナリスト、名城大学教授。慶應義塾大学経済学部卒業後、NHK入局。記者やキャスターをへて、2005年に退職。以後、フリーランスのジャーナリストとして各種メディアで活躍するほか、東京工業大学などの大学教授を歴任。著書は『伝える力』『世界を変えた10冊の本』など多数。