池上彰の 映画で世界がわかる!
『Blue Island 憂鬱之島』―激動の香港で民主化運動をしていた若者たちの思いとは
毎月連載
第50回

題名の「ブルーアイランド」とは香港のことです。まさに憂鬱な島になってしまいました。
2020年、中国政府が香港に押し付けた国家安全維持法によって、民主化運動をしていた市民は次々に逮捕され、運動は押しつぶされました。あのとき民主化運動をしていた人たちは、どんな経歴を持ち、どんな思いで参加したのか。
香港は、イギリスの植民地だった時代、中国大陸から大勢の人たちが自由を求めて逃げ込んできました。海を渡っている間に溺れて死んでしまった人たちもいます。
そんな過去の人々の行動を、現代の若者たちが演じることで追体験します。そんな映画の撮影風景自体が、映画の中に盛り込まれるという重層的な構造の映画です。

1949年、中国大陸に中国共産党によって中華人民共和国が建国されると、共産党支配を嫌って、大勢の人たちが香港に逃げ込みました。1950年から1970年までの間に、実に70万人が、命からがら逃げて来たのです。
しかし、香港の人々が、みんな大陸の中国が嫌いだったわけではありません。1967年には、大陸で起きていた「文化大革命」に刺激され、香港でイギリス支配に反対する暴動が発生しました。香港は中国に戻るべきだと考えての行動でした。大勢の若者たちは、イギリス政府によって逮捕されました。まるで2020年のように。

しかし、香港の若者たちが影響を受けた文化大革命は、権力を失った毛沢東による権力の奪還闘争でした。多くの人たちが「反革命」のレッテルを貼られて暴力を振るわれ、あるいは死に至らしめられました。被害を受けた人は1億人に及ぶと推計されています。

そんな文化大革命を逃れて香港に渡った人たちもいたのです。当時逃れてきた高齢者に、いまの香港の若者が状況を聞くというシーンも登場します。
そして1989年6月4日。北京の天安門広場で民主化を訴えた学生たちは、人民解放軍の戦車によって蹴散らされ、多くの若者が血を流しました。

それ以降、香港では毎年6月4日に天安門事件の犠牲者を追悼し、中国の民主化を求める集会が開かれてきましたが、もはや集会を開くことはできません。集会を開こうとすると逮捕されてしまうのです。
その後も続く民主化運動。警察が放水してデモ隊を解散させようとするため、若者たちは雨傘をかざして水を防ぎます。警察が催涙弾を撃つと、若者たちはガスマスクをしたり、催涙弾を投げ返したりして抵抗します。

その一方で、そうした若者たちの行動を冷ややかに、あるいは羨望の念を持って見ている高齢者もいます。かつて自分たちも若者のように行動したが、家族を持つことで行動は保守化し、運動から離れてしまった人たちです。
そんな高齢者の様子を見ながらも、若者たちは自分は何人(なにじん)なのかと自問します。中国人なのか。いや、香港人なのだ、と。
香港が民主化する可能性に見切りをつけて海外に移住する若者がいる一方で、「香港は家族のようなものだ。家族を捨てるわけにはいかない」と留まる青年もいます。
若者たちの生き生きとした言動が封殺され、すっかり魅力を失ってしまった香港。映画に登場していた若者たちの多くが逮捕され、刑務所に収監されています。まさに憂鬱な島になりましたが、この映画で若者たちの素顔を見てしまうと、また行きたくなる場所。それが香港なのです。
掲載写真:『Blue Island 憂鬱之島』

『Blue Island 憂鬱之島』
7月16日(土)ユーロスペースほか全国順次公開
監督・編集:チャン・ジーウン
出演:チャン・ハックジー/アンソン・シェム/シウイェン/ラム・イウキョン/フォン・チョンイン/セッ・チョンイェン、ヨン・ヒョンキッ/タム・クァイロンほか
プロフィール
池上 彰(いけがみ・あきら)
1950年長野県生まれ。ジャーナリスト、名城大学教授。慶應義塾大学経済学部卒業後、NHK入局。記者やキャスターをへて、2005年に退職。以後、フリーランスのジャーナリストとして各種メディアで活躍するほか、東京工業大学などの大学教授を歴任。著書は『伝える力』『世界を変えた10冊の本』など多数。