池上彰の 映画で世界がわかる!
『新章パリ・オペラ座 特別なシーズンの始まり』―コロナ禍で苦闘したバレエ・ダンサーたちの戦い
毎月連載
第51回
これは、コロナ禍の中で苦闘したオペラ座のバレエ・ダンサーたちの戦いのドキュメントです。
2020年3月、パリ・オペラ座は閉鎖となります。フランスの全劇場と同時でした。新型コロナウイルスの感染が拡大したためです。
この頃は、日本でも劇場や映画館が閉鎖に追い込まれていましたね。フランスも同じだったのです。
ダンサーたちは、日々の身体の鍛錬が肝心です。もし少しでも練習を休むと、何が起きるのか。この業界で有名な言葉があるそうです。

「1日休めば自分が気づき、2日休めば教師が気づく。3日休めば観客が気づく」
それなのに、コロナ禍対策でダンサーたちはオペラ座で踊れないどころか、家の中に閉じ込められていました。都市がロックダウンになっていたからです。
毎日6時間から10時間も踊っていた彼らにとっては、まるで拷問のような日々だったことでしょう。
それでも6月になってダンサーたちは劇場に復帰。マスクをつけたりしながら、少しずつ身体を慣らしていきます。その身体のしなやかさといったら!

心技体という言葉があります。まさに彼らの身体は心と一体になったもの。身体を動かしていくうちに、彼らに笑顔が戻ってきます。
そして12月の『ラ・バヤデール』の初演に向け、11月には全ダンサーが参加してリハーサルが始まります。この演目は古代インドが舞台。舞姫(バヤデール)と戦士ソロルの恋を描いた作品です。

その圧倒的な群舞。それでもダンサーを至近距離から捉えた映像を見ると、ダンサーたちはバランスをとるのに苦闘しているではありませんか。身体がバランスを崩しそうになるのを必死に堪えている姿が見てとれます。ダンサーたちは、一見優雅に踊っているように見えますが、実際は筋肉と体幹をフルに酷使しているのです。

ところが開幕4日前になって再びの感染拡大のため、劇場は、またも閉鎖されてしまいます。
さて、どうするのか。無観客のライブ配信をすることに決まります。そして12月13日、無観客で公演となりました。どんなに熱演しても、観客席から拍手は聞こえてきません。ダンサーたちは、観客席からの拍手をエネルギーに変換して華麗な踊りを実現していることがわかります。

ライブ配信ですから、たった1回きりの公演です。初日が千秋楽でもあったのです。
バレエ・ダンサーのキャリアは短く、バレエ団との契約は42歳で終わります。彼らの焦燥感が伝わってきます。
拍手なき公演は進みますが、その美しいことといったら。私たちは、いわば特等席からバレエを鑑賞できるのです。
その半年後の2021年6月、今度は『ロミオとジュリエット』で観客を入れての公演が始まります。観客席を埋めた人たち。彼らもまた、公演をこの目で見たかったのです。文化とは、そういうものなのですね。
私たちは、コロナに負けそうになりましたが、どっこい負けるもんか。彼らの美しい群舞は、コロナ禍に打ち勝った証でもあるのです。
さて、私たちがオペラ座に足を運ぶことができるのは、いつのことか。その日を楽しみにしながら、まずは、この映画を楽しみましょう。
掲載写真:『新章パリ・オペラ座 特別なシーズンの始まり』
(C)Ex Nihilo - Opera national de Paris - Fondation Rudolf Noureev - 2021

『新章パリ・オペラ座 特別なシーズンの始まり』
8月19日(金)より、Bunkamuraル・シネマ他にて全国順次公開
監督:プリシラ・ピザート
出演:パリ・オペラ座バレエ
アマンディーヌ・アルビッソン、レオノール・ボラック、ヴァランティーヌ・コラサント、ドロテ・ジルベール、リュドミラ・パリエロ、パク・セウン、マチュー・ガニオ、マチアス・エイマン、ジェルマン・ルーヴェ、ユーゴ・マルシャン、ポール・マルク
アレクサンダー・ネーフ(パリ・オペラ座総裁)、オレリー・デュポン(バレエ団芸術監督)
プロフィール
池上 彰(いけがみ・あきら)
1950年長野県生まれ。ジャーナリスト、名城大学教授。慶應義塾大学経済学部卒業後、NHK入局。記者やキャスターをへて、2005年に退職。以後、フリーランスのジャーナリストとして各種メディアで活躍するほか、東京工業大学などの大学教授を歴任。著書は『伝える力』『世界を変えた10冊の本』など多数。