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池上彰の 映画で世界がわかる!

『理大囲城』―香港屈指の名門校で起こった民主化闘争。自由を奪われた若者たちはいま──

毎月連載

第55回

2019年6月から香港で盛り上がった民主化運動は、次第にエスカレート。11月には香港屈指の理系のエリート大学である香港理工大学に立てこもった学生たちに対し、警察が大学を包囲。学生たちを一網打尽に逮捕しようとする警察に対し、学生たちは徹底的に抵抗し、攻防戦が繰り広げられました。

この攻防は、民主化闘争の天王山となりました。結局、1000人を超える学生たちが逮捕され、民主化運動は終焉を迎えることになります。

このとき大学内で何が起きていたのか。大学内に持ち込まれたカメラが、その様子を捉えていました。

そもそもの発端は、2014年にさかのぼります。1997年にイギリスから中国に返還された香港は、“特別行政区”として“高度な自治”が認められました。返還直後の香港の行政のトップである行政長官は、親中派が就任する仕掛けになっていましたが、将来は“普通選挙”が導入され、香港の住民が直接投票で行政長官を選ぶことができることが約束されていました。

ところが2014年に導入された“普通選挙”なるものは、中国共産党が支持しない候補は立候補できない仕組みになっていました。

「約束と違う」

怒った若者たちは街頭に出て抗議運動を展開します。これに対して警察は催涙弾と放水で鎮圧。そこで学生たちは雨傘を持って放水から身を守ります。これは「雨傘運動」と呼ばれました。

若者たちは香港の中心部を占拠しますが、成果が上がらないまま占拠が続いたことに市民の批判が高まり、結局この運動は尻すぼみになります。

しかし、ここから継続的に民主化を求める組織が誕生します。このとき中心になった若者の中には「香港の女神」と呼ばれた周庭(アグネス・チョウ)もいました。彼女には私も複数回インタビューしました。日本のアニメに憧れて日本語を勉強した彼女は、流暢な日本語で民主化への思いを語ってくれました。

その後、2019年に香港政庁は“逃亡犯条例”の改正案を議会に提出します。これは、中国から「逃亡犯だから身柄を引き渡せ」と要求があったら引き渡すことができるようにする内容でした。この改正案が成立すると、中国共産党に睨まれた人は中国大陸に連行されてしまうのではないかとの不安が広がり、反対運動は盛り上がります。6月には、実に103万人もの人たちがデモ行進に参加したのです。

こうしたデモに対して警察の鎮圧行動は苛烈さを強め、10月にはデモに参加していた学生が警察官によって胸を銃で撃たれ、一時重体となる事件も発生します。

その後、11月になって各大学を抗議行動の拠点にしていた学生たちを警察が追い詰め、遂に香港理工大学の攻防戦に発展するのです。

学内には、決意を持って立てこもった学生もいれば、たまたま学内にいて出られなくなった学生もいました。彼らの葛藤が始まります。学内に留まっていれば重罪に問われる可能性があるから脱出したい。しかし、それは仲間を裏切ることになるのではないか。保身か連帯か。純粋な若者たちの悩みが続きます。

最終的に学生たちの抗議行動は鎮圧されて終わります。その直後、私は香港でキャンパスを取材しましたが、学内への立ち入りは禁止され、周辺には雨傘が散乱していました。

香港での民主化運動の盛り上がりに危機感を持った中国共産党は、全国人民代表大会で“香港国家安全維持法”を制定。抗議運動が一切できないようにしてしまいます。アグネス・チョウをはじめ民主化運動をしていた人たちは次々に逮捕され、民主化運動を支持していた新聞「林檎日報」(アップルデイリー)は廃刊に追い込まれてしまいます。もはや香港に自由はなくなってしまったのです。

いま彼らはどうしているのか。この映画を観ると、純粋に民主化を望んでいた彼らの現在が案じられてなりません。

掲載写真:『理大囲城』
(C)Hong Kong Documentary Filmmakers

本作と併せて観たい、いまの香港を生きるリアルな若者たちを描いた『少年たちの時代革命』水先案内人記事はこちら

『理大囲城』

2022年12月下旬よりポレポレ東中野他、全国ロードショー

監督:香港ドキュメンタリー映画工作者

配給:Cinema Drifters・大福

プロフィール

池上 彰(いけがみ・あきら)

1950年長野県生まれ。ジャーナリスト、名城大学教授。慶應義塾大学経済学部卒業後、NHK入局。記者やキャスターをへて、2005年に退職。以後、フリーランスのジャーナリストとして各種メディアで活躍するほか、東京工業大学などの大学教授を歴任。著書は『伝える力』『世界を変えた10冊の本』など多数。