池上彰の 映画で世界がわかる!
『プーチンより愛を込めて』──プーチン大統領はどうして独裁者に変身したのか?
毎月連載
第59回

ウクライナへの軍事侵攻を命じたロシアのプーチン大統領は、どうして独裁者に変身したのか。プーチン大統領誕生の瞬間を記録した映像があった!
映画の原題は『プーチンの証人』。ヴィタリー・マンスキー監督は、ソ連時代に現在のウクライナで生まれ、いまはラトビアに住んでいます。ラトビアは、ロシアと同じくソ連を構成していた共和国でしたが、現在は国家として反ロシアを鮮明にしていて、ロシアから脱出した大勢のジャーナリストを受け入れています。
彼の監督作品としては、2015年に公開された(日本公開は2017年)作品『太陽の下でー真実の北朝鮮』が知られています。北朝鮮で政府公認のドキュメンタリー作品を撮影中、北朝鮮があまりに異常な国家であることを痛感し、隠し撮りした映像を元に映画化し、北朝鮮を激怒させたことで知られています。
今回の作品は2018年の作品です。こちらもプーチン大統領を怒らせる内容に仕上がっています。

映画は1999年12月31日、ロシアの初代大統領のエリツィン辞任のシーンから始まります。エリツィンの自宅に入ったカメラは、大統領の重責から逃れてくつろぐエリツィンの表情を捉えています。

ここで注目されるのは。テレビにソ連の元大統領だったゴルバチョフが出ると、これに憎悪をむき出しにするエリツィンの表情です。
ソ連崩壊の直前、ソ連を構成するロシアの大統領だったエリツィンは、ソ連のゴルバチョフ大統領を出し抜く形で白ロシア(現在のベラルーシ)やグルジア(現在のジョージア)と「独立国家共同体」(CIS)を結成して、ソ連崩壊の引き金を引きました。事実上のクーデターのようなものでした。エリツィンが、自分より上位のソ連の大統領という地位にいたゴルバチョフを如何に憎んでいたかがわかります。

しかし、このときのエリツィンは、プーチンを自分の後継者に選んだことを賢い選択だと自画自賛しています。実は、エリツィンは自分が引退した後、家族の汚職の疑惑をプーチンが追及しないことを条件に後継者に指名したと言われています。
プーチンは、エリツィンの後継指名で大統領代行になり、3か月後の大統領選挙で当選を果たしています。カメラは、元KGBスパイとして強硬派のイメージがあったプーチンが、小学校時代の恩師を訪ねるなど親しみのもてる人物へとイメージを変えていく経過を捉えています。

大統領選挙の直前には、ロシアからの独立を求めるチェチェンの過激派によるとされる爆弾事件が頻発し、過激派に強硬な態度を取るプーチンの支持率が高くなっていく様子も描いています。過激派によるとされる爆弾テロ事件は、実はプーチンの部下だったFSB(ロシア連邦保安庁)の要員による自作自演だったという説が有力なのですが。

大統領に就任したプーチンは、ソ連時代の国歌を復活させるなど、次第にソ連の復活を目論んでいきます。これを見たエリツィンは、やがてプーチンのことを「赤」(共産主義者)と吐き捨てるように表現します。自分の選択が間違っていたことに気づくのですが、時すでに遅し、でした。

それでもプーチンが、監督のインタビューに答えて、自分は君主にはならない、民主的な選挙で選ばれた大統領は、やがて任期が切れれば一般市民に戻ると発言しているシーンは皮肉です。その日が果たしてくるのでしょうか。
(C)Vertov, GoldenEggProduction, Hypermarket Film-ZDF/Arte, RTS/SRG, Czech Television2018

『プーチンより愛を込めて 』
2023年4月21日(金)公開
監督・脚本・撮影・出演ナレーター:ヴィタリー・マンスキー
出演:ウラジーミル・プーチン/ミハイル・ゴルバチョフ/ボリス・エリツィン/トニー・ブレア/アナトリー・チュベイス/ベロニカ・ジリナ/ライサ・ゴルバチョフ/ミハイル・カシヤノフ /ミハイル・レシン/ドミトリー・メドヴェージェフ/グレブ・パブロフスキー/クセーニャ・ポナマロワ/ウラジスラフ・スルコフ
プロフィール
池上 彰(いけがみ・あきら)
1950年長野県生まれ。ジャーナリスト、名城大学教授。慶應義塾大学経済学部卒業後、NHK入局。記者やキャスターをへて、2005年に退職。以後、フリーランスのジャーナリストとして各種メディアで活躍するほか、東京工業大学などの大学教授を歴任。著書は『伝える力』『世界を変えた10冊の本』など多数。