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池上彰の 映画で世界がわかる!

『燃えあがる女性記者たち』──差別に苦しむインドの女性記者が伝える、メディアの重要な役割とは?

毎月連載

第64回

G20サミットを主催し、国際社会で存在感を強めているインド。IT産業が発展し、GDPもいずれ日本を抜く勢いですが、国内では所得の格差が深刻で、差別も解消されていません。インドと言うと「カースト制度」を想起する人もいると思います。

この映画では、そのカーストにも入らない最底辺の「ダリト」(不可触民)の人々が描かれます。この中では「ジャーティ」という用語も出てきます。これは世襲される職能集団のこと。ジャーティに生まれると、代々働ける職種が限定されます。これが「カースト制度」と呼ばれる内容です。

インドでは憲法でカースト制度による差別は禁止されていますが、カースト制度そのものを禁止しているわけではありません。その結果、いまも差別に苦しんでいる人たちの姿が描かれます。

驚くべきは、差別されているダリトの女性たちだけで新聞社「カバル・ラハリヤ」(ニュースの波)を設立し、インド北部の極めて保守的な地域で取材活動をしているという事実です。

保守的な地域ですから、「女性に学問はいらない」「女性は結婚したら家庭に入るべきだ」という社会の風潮が強く、「不可触民」「女性」という二重の差別を受けていますが、それでも活動を諦めることはありません。

レイプされた女性やその夫が被害届を出そうとしても受理しようとしない警察。採石場での不法砕石が続き、負傷者が続出しても動こうとしない行政や警察。そんな腐敗した実態をひとつひとつ暴いていきます。

一見、微力に見える彼女たちの活動ですが、この実態が記事になると、怠慢だった行政が動き出し、地域の人々の暮らしが目に見えて改善されていくのです。そうか、メディアの重要な役割とは行政の監視なのだ、という原則を思い起こさせてくれます。翻って日本のメディアはどうかと思うと、身の引き締まる思いがします。

インドのモディ首相は「インド人民党」というヒンズー教至上主義の政党出身です。モディ政権が誕生してから、ヒンズー教徒以外の人たちの立場が悪化しつつある現状も描かれます。外からでは見えないインドが彼女たちの活動で見えてくるのです。

とりわけ私が注目したのはトイレ問題。モディ首相は就任後、「家の外のトイレに行かなければならない人たちの状態を改善する」と宣言。「全てのインド人が家の中でトイレに行けるようにした」と胸を張りましたが、ダリトの人たちには恩恵が行き渡っていないのです。

「カバル・ラハリヤ」は週刊新聞ですが、ここにもデジタル化の波が押し寄せます。紙の媒体だけでは限界があるとして、動画で取材してネットに掲載する方針を打ち出します。動画はスマホで撮影します。

ところが記者たちの中には貧しくてスマホを持っていない人、スマホの使い方を知らない女性たちもいて、スマホの扱い方の研修から始めている姿が描かれます。「スマホの表示はみんな英語。ヒンズー語で書いてないからわからない」と訴える記者のためには、アルファベットの読み書きから教えます。

こんな環境の中でも、そしてたとえ小さな新聞社であっても、取材し報道することで、確実に地域の改善に力を発揮しています。ジャーナリズムに何ができるのか。さまざまな情報媒体に囲まれている私たちに根本的な問いかけを投げかけているのです。

掲載写真:『燃えあがる女性記者たち』
(C)BLACK TICKET FILMS. ALL RIGHTS RESERVED.

『燃えあがる女性記者たち』

9月16日(土)公開

監督、編集、製作:リントゥ・トーマス&スシュミト・ゴーシュ
撮影:スシュミト・ゴーシュ、カラン・タプリヤール
音楽:タジダール・ジュネイド
整音:スシュミト“ボブ”ナート
共同プロデューサー:ジョン・ウェブスター、トーネ・グロットヨルド=グレンネ
共同エグゼクティブ・プロデューサー:アヌリマ・バルガヴァ
エグゼクティブ・プロデューサー:パティ・クイリン、ヘイリー・エイドルマン

プロフィール

池上 彰(いけがみ・あきら)

1950年長野県生まれ。ジャーナリスト、名城大学教授。慶應義塾大学経済学部卒業後、NHK入局。記者やキャスターをへて、2005年に退職。以後、フリーランスのジャーナリストとして各種メディアで活躍するほか、東京工業大学などの大学教授を歴任。著書は『伝える力』『世界を変えた10冊の本』など多数。