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池上彰の 映画で世界がわかる!

『リアリティ』──トランプ政権を揺るがす疑惑はなぜ隠蔽され、暴露した女性は逮捕されるのか?

毎月連載

第65回

実際にあった出来事を、忠実に再現したドラマです。題名の「リアリティ」とは、FBI(連邦捜査局)の捜査対象になった女性の名前ですが、事件を忠実に、文字通りリアリティに富んだ再現ドラマとして制作されています。実際の裁判で証拠として開示された尋問内容を一字一句忠実に再現しているからです。

2017年、アメリカ。車で買い物から帰宅した25歳のリアリティ・ウィナーは、見知らぬふたりの男性に声をかけられます。気さくで穏やかな会話をしているのですが、FBIの捜査官であると自己紹介。家宅捜索令状を持っていることを伝え、大がかりな捜索が始まります。

捜査官は、当初は女性のことを気遣い、あくまで任意の事情聴取であることを強調し、ペットの犬の世話の心配もするのですが、次第に不穏な空気を帯びてきます。どうやら重大な機密漏洩事件の捜査をしていることが判明してきます。

事情聴取を受ける女性は、心当たりのない事件の捜査を受けて迷惑しているように見えますが、やがて隠されていた事実が少しずつ明るみに出てきます。

FBIの捜査官による事情聴取とは、どのようなものなのか、この映画はリアルに教えてくれます。これだけ「事情聴取は任意」を繰り返していれば、供述の任意性は明らか。裁判になれば有力な証拠として使われることになります。

2016年のアメリカ大統領選挙は、当初の予想を覆して共和党のドナルド・トランプ候補が当選しました。しかし、そこにはロシアの諜報機関が介入し、トランプ当選へと世論を誘導していたことが明らかになります。

その事実をアメリカの情報機関NSA(国家安全保障局)は知っていながら公表していませんでした。

アメリカの諜報機関としてはCIA(中央情報局)が有名ですが、NSAは世界規模でハッキングや盗聴を繰り返してロシアや中国、中東各国の情報を収集しています。ロシアによる工作もNSAが把握していました。

NSAの契約社員として働いていたリアリティは、ロシアの秘密工作を知りますが、どこのメディアもまだ知らない様子。義憤に駆られた彼女は、告発サイトに情報を送ります。

しかし、告発サイト「インターセプト」が記事にする際、記者の不手際から情報源がわかってしまうようなミスをします。その結果、FBIの捜査官捜査に乗り出します。

アメリカでの有名な機密暴露としては、2013年の元CIA職員でNSAの仕事を請け負っていたエドワード・スノーデンによるものがありました。リアリティもまたNSAが掴んだ情報を暴露したのです。

ロシアによる選挙介入は重大な犯罪です。しかし、なぜそれが隠蔽され、暴露した女性は逮捕されるのか。トランプ大統領は、当選するとすぐにFBIの長官が自分の命令に従わないことに腹を立て、あっさり解雇してしまいます。こうなると、FBIも大統領に対して忖度を始めたのでしょうか。トランプ大統領に都合の悪いことを暴露したリアリティへの捜査はトランプ大統領による「国策捜査」ではないかと考えてしまいます。

何はともあれ、穏やかな尋問が、思わぬ事実を引き出すことにつながる。心理戦が戦われるのです。あなたは、この映画を通じて捜査の手法の妙味を知ることになるでしょう。

掲載写真:『リアリティ』
(C)2022 Mickey and Mina LLC. All Rights Reserved.

『リアリティ』

11月18日(土)公開

監督:ティナ・サッター 脚本:ティナ・サッター、ジェームズ・ポール・ダラス
製作:ノア・スタール、ブラッド・ベッカー=パートン、リヴァ・マーカー、グレッグ・ノビーレ
出演:シドニー・スウィーニー、ジョシュ・ハミルトン、マーチャント・デイヴィス ほか

プロフィール

池上 彰(いけがみ・あきら)

1950年長野県生まれ。ジャーナリスト、名城大学教授。慶應義塾大学経済学部卒業後、NHK入局。記者やキャスターをへて、2005年に退職。以後、フリーランスのジャーナリストとして各種メディアで活躍するほか、東京工業大学などの大学教授を歴任。著書は『伝える力』『世界を変えた10冊の本』など多数。