池上彰の 映画で世界がわかる!
『JFK/新証言 知られざる陰謀【劇場版】』──いまもさまざまな陰謀論が渦巻く“ケネディ暗殺”
毎月連載
第66回
1963年に起きたアメリカのケネディ大統領暗殺事件。いまもさまざまな陰謀論が渦巻きます。
私はテキサス州ダラスの暗殺現場を取材したことがあります。ケネディが乗ったオープンカーが銃撃を受けた場所は、道路に×印がついていました。「ケネディ暗殺事件は陰謀だ」と主張する男性が近くで自分の主張のパンフレットを販売していました。いまも多くの人が現場を見に来るからです。
狙撃犯とされたオズワルドが潜んでいたとされる教科書会社の倉庫のビルに上りました。窓から現場を見ると、×印がよく見えます。オープンカーに乗っていたケネディ大統領をオズワルドが後ろから後頭部を狙ってライフルで撃ったという調査結果は、それなりに理解できました。
しかし、その一方で、実は別の狙撃犯がいて、大統領を前方から射撃したのではないかという“疑惑”が、以前より囁かれていました。オズワルドがすぐに別の人物によって殺害されたことで、事件の真相ははっきりしないままです。
オズワルドは直前まで当時のソ連に滞在し、銃の射撃訓練を受けていたので、ソ連がアメリカの大統領殺害を命じたのではないかという疑惑もあります。
あるいはマフィアによる謀殺の可能性も指摘されました。
また「CIA・軍部陰謀説」もあります。当時のケネディは理想に燃えた平和主義者で、反米国家キューバへの軍事侵攻を提唱していたCIAと真っ向から対立していました。
さらに親米国家だった当時の南ベトナム政府が、北ベトナムの支援を受けた民族解放戦線のゲリラ攻勢に手を焼いていたことから、米軍の戦闘部隊を南ベトナムに派遣すべきだという声も高まっていましたが、ケネディは軍事顧問団の派遣に留めていました。これに不満を持つ軍関係者もいました。ケネディが暗殺された後、米軍の戦闘部隊が派遣され、ベトナム戦争の泥沼に陥っていくことになります。
ケネディ暗殺事件に関しては調査委員会が組織されますが、十分に説得力ある報告書が公表されないまま、機密指定を受けてしまいます。そこには失態が明らかになるのを恐れたFBIの関与があったのではないかという疑惑も囁かれています。
この映画の監督のオリヴァー・ストーンは、1991年、独自の調査と視点から映画『JFK』を制作し、話題になりました。この影響もあり、映画公開の翌年、数百万ページにおよぶ文書が新たに機密解除されたのです。
オリヴァー・ストーンは、この膨大な文書を綿密に読み込むことでさまざまな“矛盾”を突き止めます。さらに生存している関係者へのインタビューを積み重ねることで、事件の“真相”に迫るのです。当時のアメリカの伏魔殿のような様相が見えてきます。
国民から愛されていたジョン・F・ケネディ。彼が生きていれば、世界はもっと違った形になったのではないかと考えるアメリカ国民も多く、それだけに“ケネディ暗殺”は、いまも真相をめぐって論議が尽きないのです。
掲載写真:『JFK/新証言 知られざる陰謀【劇場版】』
© 2021 Camelot Productions, Inc. All rights reserved. Photo: John F. Kennedy Presidential Library, National Archives
11月17日(金)公開
監督:オリヴァー・ストーン
出演:オリヴァー・ストーン
ナレーション:ウーピー・ゴールドバーグ、ドナルド・サザーランド
プロフィール
池上 彰(いけがみ・あきら)
1950年長野県生まれ。ジャーナリスト、名城大学教授。慶應義塾大学経済学部卒業後、NHK入局。記者やキャスターをへて、2005年に退職。以後、フリーランスのジャーナリストとして各種メディアで活躍するほか、東京工業大学などの大学教授を歴任。著書は『伝える力』『世界を変えた10冊の本』など多数。