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池上彰の 映画で世界がわかる!

『ミッション・ジョイ ~困難な時に幸せを見出す方法~』──ふたりのノーベル平和賞受賞者から学ぶ“幸せの見つけ方”

毎月連載

第67回

思いもよらない対談の記録です。中国からインドに亡命しているチベット仏教の最高指導者ダライ・ラマ14世と、南アフリカでのアパルトヘイト(人種隔離政策)の撤廃に取り組んできたキリスト教のデズモンド・ツツ大主教が、「私たちはどのよう幸せを見出すことができるか」について語り合ったのです。

ふたりともノーベル平和賞受賞者。そもそもはツツ大主教がダライ・ラマ法王を南アフリカに招待しようとしたのですが、南アフリカ政府は中国に遠慮して入国ビザを出そうとしません。そこでツツ大主教の方からダライ・ラマ法王が亡命生活を送っているインドのダラムサラを訪問して対談が実現しました。

映画の製作は2021年、対談後まもなくツツ大主教は90歳で亡くなりました。ダライ・ラマ法王は現在88歳です。高齢のふたりですが、“お茶目な”ふたりは常に冗談を言い合い、笑いを絶やさずに人生について語り合います。

チベット仏教でダライ・ラマ14世は13世の転生者の観音菩薩とされています。仏教において悟りを得れば解脱して涅槃に入り、二度とこの世に生まれ変わることはないとされていますが、菩薩は、悟りを開いても敢えて涅槃には入らず、人々の救済のために、この世界に転生する存在です。

しかし、中華人民共和国が成立すると、中国共産党は「チベットを解放する」と称して武力侵入。チベット仏教を弾圧します。このためダライ・ラマ法王は1959年、23歳の若さでインドに亡命。チベットと環境が似ている北西部の高地ダラムサラで亡命生活を送っています。

現在のチベットではダライ・ラマ法王の写真を持っているだけで逮捕されるという、中国共産党によって弾圧される苛酷な生活が続き、共産党を賛美する教育が行われています。チベット文化が否定されているのです。このため「せめて我が子だけでもチベット文化を継承してほしい」と願う両親が、我が子をダラムサラに亡命させています。多くの子どもたちが親元を離れて集団生活をしているのです。

一方、ツツ大主教は南アフリカの苛酷なアパルトヘイト制度の中で、制度撤廃のために戦ってきました。アパルトヘイト撤廃の取り組みとしては、やがて初の黒人大統領になるネルソン・マンデラが有名ですが、ツツ大主教も宗教者として非暴力の取り組みをしてきました。

アパルトヘイトとは、白人と他の有色人種を完全に隔離する政策です。都会は白人の街。黒人たちは街から離れたスラム街で暮らし、毎日、白人の街まで出かけて清掃などのきつい仕事を請け負っていました。異人種の結婚は認められていませんでした。黒人は人間として扱われていなかったのです。ツツ大主教は、この理不尽な制度に反対を訴えたことで逮捕されています。反対運動の過程では、多数の黒人が警察官によって殺害されています。

このように苛酷な人生を送ってきたふたりですが、驚くほど気が合い、和気あいあいと語り合います。死んだら「再び転生してこの世に戻ってくる」存在のダライ・ラマ法王と、「天国に行く」存在のツツ大主教が、「死んだらどこかで会えるだろうか」と会話するシーンなどは秀悦です。

悟りを得ていない私たちにとって、人生は辛い経験の連続です。そのときに、「他人のために尽くす」「他人のために生きる」ことが人生の喜びにつながるというアドバイスは、深く共感できます。

どんなときも明るく笑って生きてきたふたりから、私たちが学べることは多いはずです。

掲載写真:『ミッション・ジョイ ~困難な時に幸せを見出す方法~』

『ミッション・ジョイ ~困難な時に幸せを見出す方法~』

2024年1月12日(金)公開

監督:ルイ・シホヨス
共同監督:ペギー・キャラハン
出演:ダライ・ラマ14世、デズモンド・ツツ

プロフィール

池上 彰(いけがみ・あきら)

1950年長野県生まれ。ジャーナリスト、名城大学教授。慶應義塾大学経済学部卒業後、NHK入局。記者やキャスターをへて、2005年に退職。以後、フリーランスのジャーナリストとして各種メディアで活躍するほか、東京工業大学などの大学教授を歴任。著書は『伝える力』『世界を変えた10冊の本』など多数。