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池上彰の 映画で世界がわかる!

『ダム・マネー ウォール街を狙え!』──株式市場における庶民と金持ちの“階級闘争”

毎月連載

第68回

題名は「愚かな投資」という意味です。アメリカ・ウォール街(金融街)の大富豪の投資方法に対し、ネットの掲示板に集まった庶民たちが団結して一泡吹かせるという前代未聞の出来事が起きました。実話にもとづく映画です。

株の取引には「空売り」という手法があります。持っていない株を売るから空売りというのですが、そんなことが可能なのでしょうか。巨額の資金を動かしている投資家がよくやる手法です。手口は次のようなもの。

保険会社は、客から預かった保険料を運用するために、大量の株を購入しています。長期運用を考えていますから、すぐに売ることはしません。でも、持っているだけでは短期的には利益になりません。

そこで、手数料を取って株を貸し出すことをするのです。空売りを考えた投資家は、こうした保険会社から株を借りて売り払います。大量の株が売りに出るのですから、“需要と供給”の関係で、株価は値下がりします。ほかの株主も、株価が下がるのを見て慌てて売りに出ますから、株価は一段と下がります。

その値下がりを見て、空売りを仕掛けた投資家は株を買い戻し、借りていた保険会社に返却するのです。

つまり、“高く売って安く買う”ことで、差額をもうけるのです。

通常の株取引は、株価が安いときに買って高くなったら売るのですが、その逆をしても利益が上がるのです。

なんだかズルいと思うかも知れませんが、株の売買が活発になるように、この手法は日本でもアメリカでも認められています。

時は2021年の初め。新型コロナウイルスの感染が拡大し、アメリカでも人々はマスク生活を強いられ、人と接触することができなくなっていました。そんな鬱屈状態の中で、平凡な会社員のキースは、ゲームソフトを実店舗で売る事業を展開している「ゲームストップ社」の株が空売りされていることに気づきます。

ゲーム好きにとって魅力ある会社が大富豪のマネーゲームによって翻弄されるのは許せない。そう考えたキースは、なけなしの資金を注ぎ込んで株を購入します。その上で、ネットの掲示板で株の購入を発表。「空売りを仕掛ける富豪の鼻を明かそう」と呼びかけます。

これに各地のネット民が賛同。それぞれ少額ながら株を買い始めます。ここで登場したのが「ロビンフッド」という新規の証券会社。ネットでの株の売買が手数料なしで可能になる仕組みを構築したのです。これにより、ネット民たちは、気軽に株が買えますから、ゲームストップの株価が上がり始めます。

空売りを仕掛けた富豪にしてみれば、“高く売って安く買う”ことでもうけようとしていたのですが、株を借りている期間が終わるまでに株を買い戻さなければなりません。株が値上がりしたら大変。“株を安く売って高く買う”ことになってしまいます。

焦った富豪は、さらに空売りを仕掛けて株価の値下がりを狙いますが、ネット民たちは対抗して株を買い続けます。ネット証券を舞台に庶民と金持ちの“階級闘争”が繰り広げられたのです。

結果は庶民の勝ち。多くの人たちが金持ちになり、これ以降、ウォール街では空売りの手法を使う金持ちたちは激減しています。

映画の中に登場するニュース番組は、いずれも実際のもの。株式市場における“階級闘争”が大きなニュースになったのです。

また、ふだんはバラバラな人たちが、ネットの掲示板に参集すれば、世の中を動かせることも明らかになったのです。

掲載写真:『ダム・マネー ウォール街を狙え!』
(C)2023, BBP Antisocial, LLC. All rights reserved.

『ダム・マネー ウォール街を狙え!』

2024年2月2日(金)公開

監督:クレイグ・ギレスピー
出演:ポール・ダノ/ピート・デヴィッドソン/ヴィンセント・ドノフリオ/アメリカ・フェレ―ラ/ニック・オファーマン/アンソニー・ラモス/セバスチャン・スタン/シャイリーン・ウッドリー/セス・ローゲン

プロフィール

池上 彰(いけがみ・あきら)

1950年長野県生まれ。ジャーナリスト、名城大学教授。慶應義塾大学経済学部卒業後、NHK入局。記者やキャスターをへて、2005年に退職。以後、フリーランスのジャーナリストとして各種メディアで活躍するほか、東京工業大学などの大学教授を歴任。著書は『伝える力』『世界を変えた10冊の本』など多数。