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池上彰の 映画で世界がわかる!

『リッチランド』──原爆製造拠点の知られざる歴史と現在

毎月連載

第73回

映画『オッペンハイマー』は、広島と長崎に落とされた原爆開発の物語でした。ドイツより先に核分裂爆弾(原子爆弾)を作らねばと必死になったアメリカは、「マンハッタン計画」によって物理学者オッペンハイマーの指揮のもとウラン型爆弾(広島に投下)とプルトニウム型爆弾(長崎に投下)を作り上げます。広島と長崎に投下された原爆によって生み出された惨禍にオッペンハイマーは苦しむのですが、この映画は、いわば後日談を描くドキュメントです。

『オッペンハイマー』(C)Universal Pictures. All Rights Reserved.

「リッチランド」(豊かな土地)と名付けられた都市は、アメリカ北西部のワシントン州南部にあります。首都ワシントンと誤解する人がいますが、別の場所です。ここは、長崎に投下された原爆の材料となるプルトニウムの製造拠点となった「ハンフォード・サイト」で働く人のための都市として開発されました。

第二次世界大戦が終わっても、今度は東西冷戦。アメリカは、ソ連(ソビエト社会主義共和国連邦)との核開発競争を繰り広げ、ハンフォード・サイトは大規模に拡張されました。

その後、新規の核兵器製造は終わり、開発拠点は、現在は国立歴史公園になっています。人々は、ここで核開発の“輝かしい歴史”を見ることができるというわけです。

リッチランドにある高校の校章は、なんと“きのこ雲”。高校のアメリカン・フットボールチームの名前は「リッチランド・ボマーズ」。「ボマーズ」とは爆撃機のこと。シンボルマークはきのこ雲と原爆を投下した爆撃機B29です。

これを見れば、住民の多くが原爆製造を誇りに思っていることがわかります。「原爆投下が戦争終結を早め、多くの人の命を救った」と思っているのです。映画の中で、シンボルのきのこ雲をやめてほしいと日本人が言ってきたことに対し、「戦争を始めたお前たちが言うことか」とあざ笑う住民の声も紹介されます。

映画『オッペンハイマー』を観れば、原爆投下が戦争終結を早めたという言説は事実ではないとわかるのですが、多くの人たちは、この“神話”を信じているのです。

その一方で、多数の人を死に至らしめた核兵器を作り出したことを誇りに思えず、逡巡している人もまた存在します。この映画は、そんな人々のさまざまな姿を描き出します。

そもそもこの地域はアメリカ先住民の居住地でした。原爆開発に広大な敷地が必要だったアメリカ政府は、先住民の土地を強制的に買い上げ、先住民たちは立ち退きを迫られました。

プルトニウムを製造すると、当然のことながら膨大な核廃棄物が生まれます。高い放射能度の廃棄物は地下に貯蔵されていますが、地下で浸透し、近くを流れるコロンビア川に流れ込んでいることが確認されています。原子力施設を建設する際、冷却水を確保するため、コロンビア川を利用することを考え、川の傍に施設を建設したからです。

結果、リッチランドに住む人たちは、放射能汚染に脅えることになります。原爆を製造したことに誇りを持っている住民も、「川の魚は食べない」と公言します。

ハンフォード・サイトでのプルトニウムの製造は終わっても、核の処理は今後も長期に渡って続くのです。

掲載写真:『リッチランド』
(C)2023 KOMSOMOL FILMS LLC

『リッチランド』
7月6日(土)公開
監督:アイリーン・ルスティック
撮影:ヘルキ・フランツェン
製作:コムソモール・フィルムズ
配給:ノンデライコ

プロフィール

池上 彰(いけがみ・あきら)

1950年長野県生まれ。ジャーナリスト、名城大学教授。慶應義塾大学経済学部卒業後、NHK入局。記者やキャスターをへて、2005年に退職。以後、フリーランスのジャーナリストとして各種メディアで活躍するほか、東京工業大学などの大学教授を歴任。著書は『伝える力』『世界を変えた10冊の本』など多数。