Download on the App Store ANDROID APP ON Google Play
Download on the App Store ANDROID APP ON Google Play

池上彰の 映画で世界がわかる!

『1980 僕たちの光州事件』──韓国の民主化運動と軍による弾圧の中で引き裂かれていく一般市民

毎月連載

第82回

『1980 僕たちの光州事件』

韓国の尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領が去年12月、非常戒厳(戒厳令)を出した時、多くの韓国国民が驚き、街頭に出て抗議しました。彼らの脳裏に「光州事件」の記憶がよみがえったからです。

いまでこそ韓国は民主化され、自由な選挙が行われていますが、1987年に民主化されるまで、軍事独裁政権が戒厳令を発動して自由がなかったのです。政府に反対する者は「アカ」(共産主義者の蔑称)と呼ばれ、逮捕されて拷問を受ける日常が続いていました。

この映画の背景になった光州事件のきっかけは、1979年、それまで独裁政治を続けていた朴正煕(パク・チョンヒ)大統領が暗殺されたことでした。独裁者が暗殺されたことで、韓国国内は明るくなり、民主化運動が盛り上がったのですが、全斗煥(チョン・ドファン)陸軍少将が軍を率いてクーデターを起こします。「粛軍クーデター」と呼ばれます。

『1980 僕たちの光州事件』

再び韓国が軍事独裁政権に逆戻りです。これに反発した大学生を中心に軍事政権に反対するデモや集会が続きますが、全斗煥政権は民主化運動の中心になっていた政治家たちを逮捕します。その中に全羅南道(チョルラナムド)出身の金大中(キム・デジュン)もいました。

当時、光州(クァンジュ)は全羅南道に属していたこともあり、金大中は地元出身の政治家として人気がありました。その金大中が逮捕されたことに怒った光州の人たちは反政府運動に立ち上がります。

映画は、光州で平和に暮らしていた家族が、民主化運動と軍による弾圧の中で引き裂かれていく様子を描いています。

『1980 僕たちの光州事件』

軍事独裁制に反対する民主運動が拡大することに焦った全斗煥は、1980年5月17日、全土に戒厳令を拡大します。

去年12月、尹錫悦大統領が戒厳令の宣布を宣言した時、多くの人が当時のことを想起したのです。

光州で軍が民主化運動の弾圧を始めると、若者たちは、光州にあった軍隊の武器庫を襲撃して銃を入手します。韓国では徴兵制が敷かれ、若者たちは軍隊で銃の扱い方を教育されていましたから、銃の扱いには慣れています。銃を手に取って軍隊と向き合ったのです。

しかし軍は光州市を封鎖して全面攻撃に移ります。軍は無差別銃撃を繰り返し、一般市民が多数死亡しました。これが「光州事件」です。

『1980 僕たちの光州事件』

その後、戒厳軍は、市民144人が死亡したと発表しましたが、実際には、その何倍もの死者が出たと市民側は主張しています。

この映画は、この実話を背景にしたフィクションですが、似たような悲劇が各地にあったはずです。

戒厳令が全土に拡大された1980 年5 月17 日、チョルスの祖父は光州市で念願だった中国料理の店をオープンさせます。チョルスの父親は、なぜか家にいませんが、やがて民主化運動に関わっていたために軍に追われていたことが明らかになってきます。

映画は、長男を大事にする儒教思想の韓国の古い体制(昔の日本もそうでしたが)の中での家族制度や兄弟の葛藤などを描きながら、当時の悲劇を今に伝えます。

『1980 僕たちの光州事件』

ちなみに、民主化された後、全斗煥は逮捕され、いったんは死刑判決を受けますが、その後減刑されて釈放されます。その後も大統領在任中の不正蓄財の罪で執行猶予付きの有罪判決を受けましたが、2021年11月に死去しました。

また金大中は戒厳令下で死刑判決を受けますが、国際的な非難を浴びたことから刑の執行が停止されました。その後、1997年に大統領に当選。日韓関係の改善に尽力しました。大統領退任後、2009年に死去しています。

掲載写真:『1980 僕たちの光州事件』
(C)2024 JNC MEDIA GROUP, All Rights Reserved.

『1980 僕たちの光州事件』
2025年4月4日(金) シネマート新宿ほか全国公開
監督・脚本:カン・スンヨン
出演:カン・シニル、キム・ギュリ、ペク・ソンヒョン、ハン・スヨン、ソン・ミンジェ

プロフィール

池上 彰(いけがみ・あきら)

1950年長野県生まれ。ジャーナリスト、名城大学教授。慶應義塾大学経済学部卒業後、NHK入局。記者やキャスターをへて、2005年に退職。以後、フリーランスのジャーナリストとして各種メディアで活躍するほか、東京科学大学などの大学教授を歴任。著書は『伝える力』『世界を変えた10冊の本』など多数。