池上彰の 映画で世界がわかる!
『ボンヘッファー ヒトラーを暗殺しようとした牧師』──信仰とは何か? 20世紀を代表するキリスト教神学者の人物像に迫る
毎月連載
第88回
『ボンヘッファー ヒトラーを暗殺しようとした牧師』
もしヒットラーが早い段階で暗殺されていたら、ユダヤ人600万人が虐殺されることはなかったのではないか。独ソ戦でソ連の2600万人が死ぬことはなかったのではないか。
世界の歴史は血塗られています。その悲劇が起きる前に独裁者を始末していれば、その後の悲劇が起きることはなかったのはないか。「もし、あのとき…」と人々は考え続けてきました。
ソ連のスターリン暗殺計画もありましたが、未然に阻止され、関係者は処刑されました。金正日暗殺計画も失敗したと伝わっています。そして、ヒットラーに関しても暗殺計画があったのです。
第2次世界大戦下のドイツで、牧師でありながらヒットラー暗殺計画に加担した実在の人物ディートリヒ・ボンヘッファーを描いたドラマです。
最初は議会選挙で僅かな支持しか得られなかったナチスが、急激に支持を広げると、いつしか誰も逆らえなくなる。人々の前でナチスを批判することは危険な所業になってしまい、多くの人は沈黙を強いられる。これは、本当にあったことなのです。
映画の中で、有名な言葉が聞かれます。「社会主義者が攻撃された時、私は声を上げなかった。社会主義者ではないからだ。労働組合が攻撃された時も沈黙した。組合員ではないからだ。ユダヤ人が攻撃されても私は黙っていた。私はユダヤ人ではないからだ。私がナチスに攻撃されて誰が声を上げてくれるのか?」
独裁者は、こうして国民を分断し、国民が「他人事だ」と思っているうちに、誰しもが身動きできなくなっていくのです。
本来、教会は弱い者の味方のはずです。キリストがそうだったからです。しかしドイツの教会の多くはヒットラーに拝跪してしまいます。ヒットラーを、まるでキリストより上位の神のように崇めてしまうのです。
このようなとき、牧師は、キリスト者は、どのように行動すればいいのでしょうか。祈っていれば、それでいいのでしょうか。
それとも「汝、殺すなかれ」という神の教えに反してヒットラーを殺害しても赦されるものなのでしょうか。映画は究極の問いを投げかけます。
信仰とは何か。20世紀を代表するキリスト教神学者のひとりと呼ばれたボンヘッファーの人物像に迫るのです。
いま世界には、さまざまなタイプの独裁者が生まれ、人々を熱狂に駆り立てています。映画で描かれる光景は、決して過去のことではないのです。
『ボンヘッファー ヒトラーを暗殺しようとした牧師』
(C)2024 Crow’s Nest Productions Limited
『ボンヘッファー ヒトラーを暗殺しようとした牧師』
11月7日(金)公開
監督・脚本・製作:トッド・コマーニキ
出演:ヨナス・ダスラー、アウグスト・ディール、デヴィット・ジョンソン、モーリッツ・ブライブトロイ
プロフィール
池上 彰(いけがみ・あきら)
1950年長野県生まれ。ジャーナリスト、名城大学教授。慶應義塾大学経済学部卒業後、NHK入局。記者やキャスターをへて、2005年に退職。以後、フリーランスのジャーナリストとして各種メディアで活躍するほか、東京科学大学などの大学教授を歴任。著書は『伝える力』『世界を変えた10冊の本』など多数。