佐野元春を成立させるクリエイティブのかけら
アルバム『The Circle』と『Sweet16』は コインの裏表のような関係
全14回
第8章

「ジョン・レノン GREENING OF THE WORLD CONCERT IN JAPAN JOHN LENNON 50TH BIRTHDAY」記者発表でオノ・ヨーコ、ショーン・レノンとともに
佐野は90年11月に『Time Out!』をリリースすると、同月から翌12月まで同作のツアーに出る。さらに同12月21・22日、オノ・ヨーコが提唱した「ジョン・レノン GREENING OF THE WORLD CONCERT IN JAPAN JOHN LENNON 50TH BIRTHDAY」に出演。ビートルズの「レボリューション」、そしてオノ・ヨーコ、ショーン・レノンと共にレコーディングした自身の楽曲「エイジアン・フラワーズ」の2曲を歌った。
生前最後の来日となったマイルス・デイヴィスの出演もあって、歴史的なイベントだった。
時に、佐野が抱く“ジョン・レノン観”とは?
言葉とリズムと歌い方が魅力的だ。特徴は破裂音や濁音が多い点。「ユー・ガッダ・ルーズ・ザット・ガール!」といった濁音や破裂音は、魂の軋轢や閉塞感の表現と相性がいい。聴き手の心をわしづかみにする。
もうひとつは独特なユーモアのセンス。ユーモアとは人を貶める類の“笑い”とは違う。レノンのユーモアからはシェイクスピアと並ぶくらいの深いペーソスを感じる。
91年に入るとTHE HEARTLANDとアルバムに向けてのレコーディングセッションが始まった。しかし同年10月、彼の父が逝去してしまう。
家族の死というのはとてもつらいものだ。父は事業を起こしていたので、誰かがその整理をしなければならなかった。結局、僕がやることになって、落ち着くまで1年かかった。
期せずして訪れた休止期間。新作をリリースせずに行った92年1月の「See Far Miles Tour Part I」までの間、彼はほとんど音楽に触れなかったという。
とにかく感覚を戻さなければならなかった。「See Far Miles Tour Part I」は言ってみれば、ロックパフォーマーとしてのリハビリテーションを兼ねていた。
このツアーを経て再開されたレコーディングセッションから完成したのが、同年7月にリリースされたアルバム『Sweet 16』だった。
アルバム『Time Out!』はいろいろな意味で、ひとつの終わりだった。そこからの新作、新しいリスナーと新たな約束をするために作った音楽、それが『Sweet16』だった。髪を短く切って、新しい気持ちで出直した。
まだ無垢で多感だった16歳のころの思い出、そして昔から好きだったバディ・ホリーの音楽。このふたつをかけ合わせてぶちかました曲がアルバムタイトル曲の「Sweet 16」だ。いろいろな経験を経て、また明快なロックンロールが自分の中に戻ってきた。
『Sweet16』はよりリスナーに向けて“開かれた”サウンドとなった。しかし、無論、一筋縄のポップという意味ではない。前作のラストからつながる雷鳴と共に打ち鳴らされる1曲目「ミスター・アウトサイド」、ジーン・チャンドラーの唄の一節に触発されたという「レインボー・イン・マイ・ソウル」、テレビCMにも起用された「誰かが君のドアを叩いている」、そしてボヘミアンという理念への決別が歌われた「ボヘミアン・グレイブヤード」など、すべての曲が深い詩情にあふれていた。
何かが吹っ切れたんだと思う。「ブルーベリーワイン、シナモンチェリーパイ」なんて言葉はそれまでの曲では使わなかった。アルバム「Sweet 16」は楽天的な雰囲気がある。失くしたものが多かったけれど、それ以上に得るものもあった。
「レインボー・イン・マイ・ソウル」の最後で「さよならBlue…」と歌っている。それまでの価値観に“さよなら”を言いたかったんだと思う。影響を受けたものに対しての“さよなら”、それまでの自分に“さよなら”。さぁ、今から何か新しく始めよう、そんな気になっていた。「レインボー・イン・マイ・ソウル」という曲に、その決意の気持ちを込めたんだ。
『Sweet16』はオリコンチャート最高位2位。最終的には30万枚を超えるセールスを記録し、後にゴールドディスクとして認定された。さらにこの年、テレビドラマの主題歌として再リリースされたシングル「約束の橋」が70万枚を売り上げ、12月にリリースされたコンピレーションアルバム『No Damage ll』もゴールドディスクとなる。まさに92年は佐野にとって「新しいリスナーと新たな約束を取り付ける」1年となったのだ。彼がその手応えをまさしく肌で感じたのが『Sweet16』リリース後に行った「See Far Miles Tour Part II」だった。
ホールは全国どこもオーディエンスが熱狂的だった。なんだか「復活」というかんじだった。
佐野はある出来事を思い返す。
あれはツアーの最終日、93年1月の横浜アリーナ。「彼女の隣人」(※92年リリースのシングル曲)という曲を歌い出した途端、僕はなぜか声を詰まらせてしまった。ステージ上でそんな状態になるのは珍しいこと。それまでの感情がすべてあふれ出てしまったんだ。
僕はそのとき、観客に悟られまいと少しだけステージの後ろに下がった。するとバッキングコーラスのメロディ(Melodie Sexton)が僕の側に来て「モト、大丈夫?」と気遣ってくれた。「彼女の隣人」は父親を亡くした妹を励ますために作った曲。それなのに自分が泣いては様にならない。何とか気持ちを立て直して、またピンスポットの中に戻っていったよ。
このツアーは、それまでのリスナーと新しいリスナー、多くのファンに支えられていると感じた、思い出深いツアーだった。『Sweet16』と「See Far Miles Tour Part II」。何か吹っ切れて、新しいことをやってみようという気になっていた。
彼はこのころ、それまで積極的ではなかったテレビ出演に臨んでいる。
自分のペースでいきたかった。テレビに出るといい宣伝になるけれど、そこに頼り切ってしまうのはよくない。それに80年代はレコードを作ってツアーをやるだけで精一杯。TV出演やタイアップまで気が回らなかった。
それでも『Sweet16』や「約束の橋」が売れると、レーベルやマネジメントがすごく喜んでくれた。そんな彼らを見たら「テレビ出演もアリかな」と思えてきた。
自信と創作意欲に満ちた佐野は、翌93年、アルバム『The Circle』をリリースする。
「See Far Miles Tour Part II」を終えた自宅に帰る車中のなかで、僕はマネージャーに「すぐ次のレコーディングを始めたい」と告げた。インスピレーションが冴えていたので、新鮮な気持ちのうちにレコーディングをしたかった。
『The Circle』と前作『Sweet16』はコインの裏表のような関係性のアルバムと言える。
『The Circle』と『Sweet16』は月と太陽。『The Circle』が無垢の終わりなら、『Sweet16』は無垢の始まりがテーマだ。人生の中で循環(サークル)する無垢な精神について考えていた。レコーディングは、結果として未来のノスタルジーを先取りしたような、多くのインスピレーションに導かれて進んでいった。深いテーマだけど、今の自分ならうまく表現できると思っていた。
実際、彼はそれをやってのけた。2枚の対比は各々のアレンジにも明解に反映されている。
『Sweet16』はロックンロール。『The Circle』はリズム & ブルース。自然とそうなった。そしてアルバム『The Circle』の最後の曲、「君がいなければ」は、人生の気付きを与えてくれた“君”への感謝の歌。リリックは偶然にも、後に決断するTHE HEARTLANDの解散を暗示しているかのようだった。
そう。この『The Circle』は、デビュー直後から活動を共にしてきたTHE HEARTLANDとの最後のレコーディングアルバムとなる。
いま振り返ってみても『The Circle』はいろいろな意味でとても哲学的なアルバムだった。
僕の音楽人生は、常に様々な人たちからの“気付き”によって支えられてきた。節目節目で出会った人たちが、その時の自分に必要な“気付き”を与えてくれる。振り返ってみれば、僕は何てラッキーな男なのだろう。
ロックンロールとは、深い情熱、本物の考え方、そして人との関係を成長させる力を持った素晴らしい表現フォーマットだ。『The Circle』を完成させた時、そしてTHE HEARTLANDの解散を決意した時、僕はあらためてそれを知った。
取材・文/内田正樹
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当連載は毎週土曜更新。次回は11月7日アップ予定です。
プロフィール
佐野元春(さの もとはる)
日本のロックシーンを牽引するシンガーソングライター、音楽プロデューサー、詩人。ラジオDJ。1980年3月21日、シングル「アンジェリーナ」で歌手デビュー。ストリートから生まれるメッセージを内包した歌詞、ロックンロールを基軸としながら多彩な音楽性を取り入れたサウンド、ラップやスポークンワーズなどの新しい手法、メディアとの緊密かつ自在なコミュニケーションなど、常に第一線で活躍。松田聖子、沢田研二らへの楽曲提供でも知られる。デビュー40周年を記念し、2020年10月7日、ザ・コヨーテバンドのベストアルバム『THE ESSENTIAL TRACKS MOTOHARU SANO & THE COYOTE BAND 2005 - 2020』と、24年間の代表曲・重要曲を3枚組にまとめた特別盤『MOTOHARU SANO GREATEST SONGS COLLECTION 1980 - 2004』がリリースされた。