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湯浅政明 挑戦から学んだこと

試行錯誤しながら挑んだ『THE八犬伝~新章~』で学んだこと

全13回

第2回

── 『クレヨンしんちゃん』とは真逆のOVA『THE八犬伝~新章~』(93~95)の第4話、大平晋也さんが演出を務めた『浜路再臨』で湯浅さんは作画監督を担当し、これもまたアニメファンの注目を集めました。この作品はどういう経緯で参加したんですか?

湯浅 その頃、『クレヨンしんちゃん』をメインに仕事をしていたんですが、外からの誘いも来るようになったので、映画をやっていない時期はそれに応えるようにしていたんです。そんなとき、大平くんというアニメーターから誘いがあった。それが『新八犬伝』の4話だったんです。大平くんは『AKIRA』(88)や『紅の豚』(92)などのジブリ作品も手がけたアニメーターとしてもとても知られている方ですが、監督としても活躍している。

大平くんとの仕事は、いわばカルチャーショックみたいな感じ。ここまで突き詰めるんだとびっくりしました。自分が考える遥か先のレベルのことをやっている人がいたんだという驚きがあった。

── とても映画っぽい演出ですよね。

湯浅 そうなんです。大平くんは、たとえば日暮れの映像にしても、空はどう変わるんだと考える人だった。その頃の普通のアニメは、夕暮れと言えば空全体がオレンジ色なんですが、彼は違う。太陽の出ている方とその反対では違うし、時間によって変化していくというふうにいろいろ考える。僕は「そうか、違うんだ」って(笑)。特に自然現象については、それまであまり考えたことがなかったんです。

山道の描写ひとつをとっても「こういう山道だったら、草はこういう感じで、生えている花はこれかなあ」とか。彼は高畑(勲)さんの『おもひでぽろぽろ』(91)にも参加していたので、そういう影響もあるのかもしれないけど、こだわりがハンパないんですよ。めちゃくちゃ凝って、リアルな表現もありつつ、アニメ的な飛躍もある。でっかい紙を使ったり、濃い鉛筆を使ったり、いろいろマネしてみたんだけど、なかなか難しくて簡単にはいきませんでしたね。

── 『浜治再臨』は他のエピソードとはまるで違いますよね。それも当時は大きな話題でした。

湯浅 最初は自分の役職(作画監督)の責任上、絵を他のエピソードに合わせようとはしていたんです。でも、そうすると要求されているものが描けない。生々しさとか、ドロッとした感じが表現できなくなる。だから、結果的には、まず表現できる形に振りつつ、他のエピソードも意識した上で最小限にアレンジして戻すという感じ。。でも、そのせいで中途半端になっちゃって、ちょっと気持ち悪い感じになってしまった(笑)。後から、そういう無駄な努力はやめて、思いきりやってしまえばよかったというふうにも思いましたね。

そのリベンジというわけでもないですが、『夜明け告げるルーのうた』のときは大平晋也さんの原画の良さを残しつつ、他の絵に近づける作業を自分でやりました。そのまま作画監督に渡すと、絵を合わせることで大平さんの良さも消えてしまいそうだったし、手を入れないと絵の違いが大きく出てしまうから。原画の意図を残しながら絵を描き直すのは難しくてとても時間がかかる。まっさらに描き直した方がずっと早いんですけどね。作画監督が修正を入れ易い様に全体を直してから渡していました。

『八犬伝』は上手く行ってなかったし、いろいろ勉強しながら描いていたので当時にしては時間もすごくかかってしまった。それまでの自分のスピードより2倍以上はかかっていたと思います。毎日1時間寝て、トイレに行くにもコンビニにおにぎり買いに行くにも走ってましたから。

市川崑や黒澤明に山中貞夫……。チャンバラを描くためにたくさん観た時代劇

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── チャンバラを描くのは難しかったんじゃないですか? そういう勉強もしました?

湯浅 一応勉強はしました。時代劇を観まくった。前に亜細亜堂で参加したビデオでは江戸時代を調べていたんですが、今度は戦国時代。調べながら知識が増えていくと、さらに面白くなってきて、もう調べること自体が楽しくなって観まくっていました。

当時、文芸坐で無声映画を上映していたので、それにも行きました。阪東妻三郎、内田吐夢、稲垣浩、大河内傳次郎出演作品や、三隅研次、若山富三郎の『子連れ狼』シリーズも観た。彼は刀を持った立ち姿がかっこいいんですよ。市川崑の『木枯らし文次郎』は、まるで時代考証をひとつのシーンのように扱って、小道具をしっかり見せてくれる場面がある。黒澤明ももちろん観ました。

彼はリアルにこだわる監督なので、時代劇の場合も、身分による服装や着こなしが堂に入っていて、建物や小道具の見せ方も凝っていた。『蜘蛛巣城』の城は無骨で合理的な形をしていて、木目がきれいに映るように撮られているし、板も当時の道具で削ったように見えるものがある。稲垣浩の『宮本武蔵』(54)では八千草薫の所作が良かった。彼女、舞台もやっていたせいなのか、走るときに腕を振らないので、とてもきれいなんです。

── 観ているところが違いますね。

湯浅 そうですね。画を描くために観ているので、良い実写は見どころがたくさんあります。実は、八千草薫のファンになってしまって、彼女の所作を観たいがために、他の出演作を観たりしました。

戦前の時代劇だと、監督はダントツで山中貞夫。彼は殺陣も本当にかっこいいというかモダン。アメリカ映画っぽいかもしれない。初期の黒澤より断然モダンだと思いました。彼の『百万両の壺』(『丹下左膳餘話 百萬兩の壺』(35))なんて、とても洒落てるじゃないですか?

── 「そんなことオレはやらん」と言いつつ、次のシーンではやっている。その繰り返しが笑えるんですよね。確かにとても洒落ていました。

湯浅 それに、ネコや小道具の使い方もとても上手い。やっぱり洒落ているんですよ。彼が客演して殺陣だけ担当している作品も観ましたが、これもとてもモダンだった。後にアニメでやっているようなことを、90年も前にすでにやっていますからね。夭折(28歳で戦病死)してしまって本当に残念です。生きていたらきっと、すごいフィルモグラフィを作っていたと思いますよ。

── 『八犬伝』では何を学びましたか?

湯浅 アニメにおけるリアリティとリアルな表現。それを目指し、突っ込んでいく創作意識を学んだと思います。クリエイターとして100%心ゆくまで作品を作ってみたいんだけど、圧倒的に力が足りないと思ったし、自分の能力内で作品を作ろうとしても、100%を目指せば、きっと完成するのは難しいんだろうなあということも学んだ。時間がなくても能力があれば7、80点は可能だと思うし、時間があればそれ以上。だけど、上になるほど5%を上げるにも2倍3倍と時間がかかっていく。コスパがいいベストなやり方や形式を、以前にも増して考えるようになりました。

不得意なことや失敗を通して“学習”することが楽しい

── かなり“自分流”を貫けたと思える作品はありますか?

湯浅 作画に限って言うなら『ねこぢる草』(01)かな。監督は佐藤竜雄くんなんだけど、ひととおりやらせてもらったんですよ。アイデアを出し絵コンテを作って、設定をやって演出も手がけた。イメージボードも描いて指示も出したから、本当にひととおりです。

監督の作品のコンセプトとしては、“わけの分からない、夢みたいな作品”ということだったので、イメージボードをたくさん描き、それを一見つながっていないような感じでつなげていきました。コンテもスケッチを切り抜いて貼りつけたものに秒数をふっただけのものだったんだけど、作画の人たちに「枠がないと分からない」と言われて、そうか、自由でいいからといって、枠を人任せにするのはダメなんだって(笑)。

── また学んだんですね(笑)。

湯浅 そうです(笑)。作業を進めているうちに課題が出てきて、それをクリアするのが楽しい。これではダメ、これもダメ、なぜダメなの? じゃあこれは? どうすればいい? そう考えていくのが僕は楽しいんです。他に上手い人がいるんだから不得手な部分はそういう人に任せればいい、という考え方もある。でも僕は、不得意なことも自分でやって身につけ、切り抜けるアイデアを見つけたいし、失敗したとしても次回作で活かしたいと考えるタイプ。そもそも、そういう“学習”が楽しいわけだし(笑)。

画を音楽に合わせると、みんなが喜んでくれるのが嬉しい

── 年代的には遡りますが、『ちびまる子ちゃん』もTVシリーズ、劇場版の作画など、いろいろやっていますね。この作品では音楽とのコラボレーションが印象的でした。

湯浅 『ちびまる子ちゃん』は亜細亜堂にいたとき、メインの作画をやらせてもらった。1本目の劇場版(『ちびまる子ちゃん』(90))では作品全体のレイアウトをやらせてもらって(半分は助けが入った)、その次が『わたしの好きな歌』(『ちびまる子ちゃん わたしの好きな歌』(92))。さくら(もも子)さんの好きな既成の曲があって、その曲に画を当てはめたんです。僕がやったのは笠置シズ子の『買い物ブギ』と、大瀧詠一の『ドラッグレース』。これもみんな喜んでくれたので、アニメーションって楽しいなーって(笑)。

── 『ちびまる子ちゃん』に限らず、音楽とのコラボレーション、よくやってますよね?

湯浅 得意なんだと思う。本郷さんが「音楽と合わせると豪華になるよ」と言っていたので、受け売りでやってるうち、確かにそうだと思うようになったんです。仕事もオープニング(OP)やエンディング(ED)を任されることが多くなって、スポッティングシートに描いてないタイミングなんかも耳で割り出して合わせていく。音楽を聴いて、頭に浮んだ映像を描いて、音楽に合わせれば合わせるほど気持ち良くなっていく感じ。

自分としては、何をやってもそれほど変わらないつもりなんだけど、第三者の受け止め方には違いがある。音楽と合わせるとみんなが喜んでくれるので、きっと得意なんだろうと思いましたね。

── ってことは、みんなの期待に応えたいタイプなんですか?

湯浅 というより、単に喜んでもらえると嬉しいだけ。芸能人の中にも、子供の頃、人前でヘンなことをやったら大ウケしたので芸人になったみたいな人いるじゃないですか? 僕、そういうのと同じなのかもしれませんよね(笑)。

取材・文:渡辺麻紀 撮影:源賀津己