湯浅政明 挑戦から学んだこと
アニメーターから監督へ。『マインド・ゲーム』で得たものと見えてきた課題
全13回
第3回
── 湯浅さんが初めて監督も手がけたのは、『バンパイヤン・キッズ』(01~02)のパイロット版『なんちゃってバンパイヤン』(99)ですね。プロダクションアイジーの作品です。
湯浅 アイジーで『なんちゃってバンパイヤン』ともう1本、短編の『スライム』(『スライム冒険記~海だ、イエー~』(99))の監督をやったんですが、このときちょっと考えたんです。このままアニメーターで行くのか、それとも演出もやるのか? そのときのキャリアで言うとアニメーターの方が順風満帆だろうという感じではあった。演出をやることに否定的な意見もあったし、向いてないと言う人も多かった。
── でも、監督の方を選んだんですね。
湯浅 そうです。理由は簡単、面白そうだから。やったことがないので伸びしろがあるんじゃないかと考えたんです。
アニメーターとしてはそれなりの評価をいただいていたものの、自分では伸びしろを感じなかった。もちろん、経験を積むことで描けるものもあるし、こだわり続けてできるものもある。1回経験すれば、次はもっと上手くなれるだろうし。でも、スーパーアニメーターのように描ける感じはしないし、これまでもごまかしごまかしやってきたので、やっぱり演出を学んだ方が幅は広がるだろうと思いました。それに当時、手描きのアニメはメジャーじゃなくなるかもしれないと感じていたので、転職するにも経験の幅を広くしておきたいと考えていました。
── 『なんちゃってバンパイヤン』は、動くと湯浅節が炸裂で面白いんだけど、芝居のシーンになると途端、おとなしくなってしまう。その落差が激しくて、やっぱり湯浅さんは“動”の監督なのだと思いましたが。
湯浅 アクションは面白いけど、芝居になると面白くない。みんなにもそう言われました(笑)。TVシリーズを睨んだ作品だったので、アクションのときもあまり動かさないようにしたんですけど。会話シーンは更に芸なく記号的に止まっていたかもしれないですね。
『マインド・ゲーム』に代表する“動き”のこだわり
── 湯浅さんの初の劇場監督作になる『マインド・ゲーム』はずっと動いている印象。『なんちゃってバンパイヤン』をやって、僕はやっぱり“動”の方が得意だと思い、今度はそれだけで作ってみたのだと推理していたんですが。
湯浅 『…バンパイヤン』のとき考えていたのは、TVシリーズだと動かすにも制限があるから、あまり動かさなくても面白くしたいということでしたね。一方、映画だとそういう制限もとっぱらわれるので、『マインド・ゲーム』ではできるだけ動かして、勢いのあるアニメになるといいなぁって。実際は映画でも制限はあるし、動かすのも大変なんですけどね。
とはいえ、ずっと動いているわけではなくて、あまり動かしてないシーンもあるんですよ。でも映画ということもあって、短編より一歩進んでいるかもしれない。『バンパイヤン』の止まってる絵のときは突っ立ったポーズが多かったんですが、『マインド・ゲーム』ではいつも状況に合わせて自然なポーズをとらせる様にしていました。
今は、静かな会話シーンで絵が止まってても退屈しないような絵作りをするよう心がけています。それはやっぱり『バンパイヤン』でやってみて、上手くいかなかった止め方の反省でもありますね。
僕が“動き”にこだわっているのは確かで、あまり他のアニメでは見られない動き、最近のアニメでは普通は表現しないような動き、分かり易く簡単でもなく、下手すると大変な作画になるリアルな描写をコスパ良く描いた動き、そういうのが好きだし、挑戦するのが楽しい。だって、発見がありますから。
── そういう意味でも『マインド・ゲーム』は湯浅さんにとっては大きなチャレンジだったんですね。でも、そもそもなぜ、アニメにするには難しそうなネタを長編1作目に選んだんですか?
湯浅 森本(晃司)さんの『音響生命体ノイズマン』(97)をやっているとき、そこのアニメーター界隈でロビン西さんの漫画『マインド・ゲーム』が話題になっていて、アニメ化の話もあった。で、僕に声がかかったんです。
(監督を)引き受けたのは、自分に監督をやらせようなんて奇特な方がいたことと、やっぱりロビン西さんの漫画が面白かったから。漫画の絵を下描きもせずに描いていて、まるで殴り描きのよう。でも、自分の想像や確かな記憶から描かれた絵なので、模写ではなくちゃんと自分の絵になっていて、バツグンに上手くて勢いがあるんです。
内容ももちろんですが、そんな個性的で特徴的な味のある画をアニメーションで動かすことに興味があった。そういう画って、きっちり描いてしまうと、オリジナルの魅力からどんどん離れていってしまうんですよ。だから、できる限りラフに作ろうと考えた。勢いがあるので、きちんと作ってない感じにするのが一番いいと思ったんです。
── アニメでラフに作るのは難しいんじゃないですか?
湯浅 時間がなくて荒れてしまうことはありますが、どんどんきれいに補正されていく作業行程がアニメなので、ラフでコントロールされた画をアウトプットまで持って行くのは確かに難しい。なので、できるだけそういう意識をスタッフの末端まで届かせる努力はしつつ、写真や実写を持ち込み、それを合わせることでコントロールできない行程を作り、なじませすぎないさじ加減にラフさを出すようにしました。
タッチ塗りを多用して情報量も曖昧にして、いろんなタイプの絵が混ざって雑多な感じがありながらも、なんとなくそれらが一体になっているように見えると成功かなと考え、バランスをとっていきました。最後に主人公が見る世界のイメージが、その雑多な一体感だと考えたんです。
一瞬で世界が一変したある“気づき”
── なるほど。いろいろと試行錯誤があったんですね。
湯浅 やはりテーマが主人公の気持ちや心だったから、それを客観的な、きちんとした普通の映像で表現するのは、難しいと思いますよ。
たとえば、冒頭シーンの主人公は、まだ周囲に注意を払っていない意識なので、周囲をぼんやりと描き、彼が意識して見るものはきっちり描く。冒険を繰り広げる中で、主人公が世の中の面白さに気づくようになったら、周囲をはっきり描く。ちゃんと見えるようになったから。そうやって画を主人公の心の動きに連動させていったんです。
主人公が、世間より気分的には安住できる場所に行ったとき、若いスタッフから「そこに安住しているのがなぜいけないのか?」「主人公はなぜ出ていくのか?」というクエスチョンが出て、安住することを否定はしないものの、主人公が外に出ていく理由を説明する必要が生まれたんです。
そのときに思い出したのが、自分が大学に入った頃のこと。絵を描く自分は少しクリエイティブだと考えていて、周りの人とはちょっと違うくらいに思っていたんですが、ある日、気づいたら、周りの人も必ず何かしらクリエイトしていて、自分はその中で暮らしていた。生まれたときから、誰かが作った建物や道を使い、誰かが作った服を着て、誰かが作ったものを食べ、誰かが作った道具を使って暮らしていた──。それに気づいたとき、パンと一瞬で世界観が変わったんですよ。
それを具体的に知っていくのは『しんちゃん』の設定をやり始めて。「そうか、世の中って案外面白いんだな」とか「いろんなものがあるんだな」「いろんな人がいて、たくさんの人がこの世界を作り上げているんだ」とか、少しずつ知っていくことになりましたが、そんな“気づいていく面白さ”を主人公に経験させて、外に出ていく理由にしたんです。何か重要なことに気づいたとき、知ったときの高揚した気分と、世界が変わって見える感じを表現したかったんです。
コラージュ表現のこだわりと映像で語るストーリー
── 写真や絵をコラージュして使っているのも面白いですが、その使い方に何かこだわりはあったんですか。
湯浅 それにも法則を設けました。主人公が興味あることは、ちゃんと描写された絵や写真になっていて、興味のないところは断片的に、一部写真をべたっと貼っただけの情報量の少ないものだったり、大きく歪んだ線になってたりするんです。
あとキャラクターがシンプルなので、アップにするともたない。どんどん描き込むという手もあるけれど、それならいっそのこと実写の顔の方がいいんじゃないの?という判断を下しました。主人公も人の顔には興味あると思うので、そこはきっちりと表現したんです。
自然現象も同じで、実は常々、時間がかかって描きづらい画を頑張って再現するより、実写を使った方がいいのではないかと思っていたので、本作でそれを実行したんです。意外と上手くいったかなって。
── ストーリーをセリフではなく、映像が語るように作っているということですよね。というのも、『マインド・ゲーム』は公開時に観たとき、よくストーリーが分からなかったんですが、観直したらよく分かりました(笑)。
湯浅 それってデ・パルマと同じで、僕の作品も二度観ないと分かんないってことですかね(笑)。
── デ・パルマの映画はそういうのが多いし、本人も「映画は何度も観るべき芸術だ」と言いきっていますからね(笑)。
湯浅 公開当時、確かに「ストーリーがない」とよく言われたんです。「あれ、あるつもりなのに、なんで?」って。ストーリーはごくシンプルですが、起伏には富んでいる。とっちらかった表現が意味なく見えるのかもしれないけど、そういう構成は多様性を描きたかったからあえてやってるんです。
でも、間違ってないとは思いつつも、皆が思うような“ストーリーを描く”というのは、その後の大きな課題になりましたね。
僕としては、キャラクターの一面、二面だけを描くのではなく、いろんな側面を描きたい。キャラクターをどんどん掘り下げていくと奥があり、際限なく掘れていくような感じ。これは、僕が世界を見ている感覚に近いんですよ。
名誉ある賞よりたくさんの人からの「面白かった!」が一番嬉しい
── 『マインド・ゲーム』は今回観直して、いわゆる意識の流れを映像化しているんだと思いました。だから、コロコロと変わっていく。その変化をストーリーに落とし込んだところが湯浅さんらしいのかもしれませんね。
湯浅 うーん、でも、結果的にはヒットしなかったし、悪いカードもたくさんもらったので、いろいろ考えるきっかけにもなりましたね。
── ヒットはさておき、『マインド・ゲーム』は文化庁メディア芸術祭のアニメーション部門の大賞をはじめ、国内外のさまざまな賞を獲得しました。長編デビュー作で、この高評価は嬉しかったのでは?
湯浅 賞をいただくというのは名誉なことだと思っているし、少なくとも選んでくださった方が僕らの作品を面白がってくれた証だと考えれば嬉しい。スタッフの仕事に対する栄誉だと思えば、大変ありがたいことだと思います。それに、賞をもらった作品ということで注目され、少しでも観てくれる人が増えれば、それに越したことはない。
でも、正直、僕が欲しいのは、たくさんの人が観てくれて「面白かった!」と言ってくれること。それが一番嬉しいんです。
── ということは、目指せ『君の名は。』?
湯浅 (笑)いやあ、そういうわけでもないんですけどね。何というか、もっとたくさんの人が喜んでくれるだろうと思って作ったのに、結果としてそうはなってない。その理由を知りたいとは思っています。
── では、『マインド・ゲーム』ではどんな発見がありましたか?
湯浅 長編を作るときにはキャラクターのバックストーリーが必要だということですね。どういう経験を経て今に至るのか? それからどうなるのか? クジラのお腹の中で出会うじいさんは30年間、そこでひとりで暮らしていたという設定ですが、そのじいさんのバックストーリーをスタッフに協力してもらいながら考えたんです。原作にもなかったので、その部分はオリジナルになる。面白かったのは、同じ出来事でも世代によって感じ方や受け取り方が違うところ。そういう“違い”も意識してバックストーリーを作ったんです。
そして、もうひとつ、もっとも重要なのはストーリーだということ。観客の多くはストーリーを楽しみに映画を観ている。また、彼らは、思ってもいない展開より、自分が望む方向へストーリーが進むのを望んでいるんだろうと思いましたね。僕は多くの人が求めるストーリーを作れなかったので、それは大きな課題になりました。
取材・文:渡辺麻紀 撮影:源賀津己
関連情報
『マインド・ゲーム』Blu-ray 発売中
5,076円(税込)
発売元:Beyond C.
販売元:TCエンタテインメント
© MIND GAME Project