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湯浅政明 挑戦から学んだこと

もしかしたら存在したかもしれない、もうひとつの『ピンポン』

全13回

第6回

── 次は、松本大洋さんの同名漫画が原作の『ピンポン THE ANIMATION』(14)です。この作品と湯浅さんの相性は最高だと思いました。すごい速さで動き回る球技と、動いて魅力を発揮する湯浅さんの作風なので。

湯浅 松本さんが注目を浴び始めたとき、あ、僕の画と似ていると思ったんです。自分の画と似ている人がヒットしてるのって嬉しいなあって(笑)。(※個人的感覚です)

でも、『ピンポン』になると、もっとランクが上がってしまっていて、完成度の高さもすごい。そういう作品を、わざわざアニメ化する必要ってあるのかなと思ったくらいでした。というのも、スキがある方がアニメ化はしやすいから。

── 『ピンポン』は、湯浅さんのアニメの前に曽利文彦監督によって実写化(『ピンポン』(02))されていますよね。

湯浅 実写版はキャスティングが良くて音楽もいい。面白かったけど、自分の読みと違うところもありました。実写ですからね。やはり実写の良さを生かした造りがいい。漫画をそのままなぞろうとした実写はまず失敗してますから。

── 実写版もアニメ版も高校生には見えないんですが、アニメ版の方は開き直ってる感じでした。とりわけあのスキンヘッドのおにいさん(笑)。

湯浅 はい、あれはギャグです(笑)。毎回、このルックスで「高校生なんかい!?」って突っ込む感じ。原作にもそういうシーンがありますし、声も高校生とは意識せずにやっていただきました。

── 私は、試合に敗れ放浪の旅に出た後、自らの卓球愛を確信するおにいさんが一番好きでしたね。ああいうキャラが脇にいると作品に幅が生まれる。それに、シリーズもののお楽しみになりますよね。

湯浅 あのキャラ、江上はアニメシリーズで膨らんだキャラです。原作では一度試合に登場するだけ。海に行こうか、みたいなことを言っておしまいなんだけど、負けっぷりが凄かったので、その話数の最後に海に行ったショットを入れてみたんです。で、それを入れたら、その後どうなったのか気になってしまって、また登場させてみた。そうしているうちに最終的に準レギュラーになって最終回まで出ることになったんです。

彼は登場人物の中で、一番僕らと近い存在なんだと思います。たとえば、昔バンドをやっていて、大人になって辞めて、それからもう一度始める人っているじゃないですか?「やっぱりオレ、好きだわ、音楽」みたいな感じで。そういう気持ちを代弁してもらった。好きなことで極めたり、飯食ったりはできなかったけど、好きなんだから、楽しみとしてでもやってた方がいいじゃんって感じで。

良くできている原作ほど原作とは違う要素を入れたくなる

── 映画もアニメも基本、高い評価を受けている作品の多くは、脇がいい。脇に手を抜いていない。『ピンポン』もそう思いました。

湯浅 僕の場合は、脇に手を抜いてないというより、脇に肩入れしすぎて、主人公をないがしろにしてると、よく言われていました(笑)。『ピンポン』のときも、「ペコとスマイルを立てる! これを絶対忘れないようにする!」って最初に誓いましたから。でも、今のお話だと、守れてなかった可能性もありますね。

── もうひとり、気になったのはスキンヘッドの風間(ドラゴン)でしたから(笑)。

湯浅 ヤバいじゃないですか(笑)! でも、そうなんですよ。やっぱりペコのチームのキャプテンとかドラゴンに目が行っちゃうんです。

ドラゴンに彼女がいるという設定、漫画にはないんですが、実は考えていたというようなことを松本さんがおっしゃっていたので、じゃあアニメ版はいることにしようとなった。原作漫画と同じである必要はないし、もしかしたら存在したかもしれない、もうひとつの『ピンポン』であった方がいいと考えたからです。

これは、原作がある他の作品の場合でも同じです。良くできている原作ほど、どこか意図的に違う要素を入れて、原作とは違うことを表明したくなるんです。

大胆なパースと“省略”された背景

── パースの取り方も独特で面白いですね。『クレヨンしんちゃん』を思い出しました。

湯浅 松本さんの漫画自体がそうなんです。

僕、アニメーターになった最初の頃はパースを信用してなかったので、あまりつけていなかったんですよ。学生の頃、製図でパースをやると変な形にしかならなくて、自分の中で一度パースを否定したんです。

パースは、画を自分の感覚で整えたり、整えやすいところに点をもっていかないと変な形になると思うんですが、そういう融通が精神論者だった学生時代の僕にはなかった。パースの押さえ方も、押さえなきゃいけないところと、嘘をついても気にならないところがあって、要は最初のイメージが大切。補助的にパースを使えばいい感じになることが分かりました。最初からパースの整った絵をイメージできると一番いいんですけどね。

『しんちゃん』をやってるとき、何度描き直しても背景にキャラが乗らなかったことがあったんですが、パースを使ったらいともあっさり乗ってしまったんです。自分で描いた背景設定がなんか変だと思っていたら、パースのアイライン、地平線もないことに気づきました。パース、やっぱりいるな、と思ったのが27歳くらい。

僕のパースの取り方がちょっと変わっているのは、ミリ単位で考えるのではなく大胆にやっているからだと思います。自分も楽だし、観客や視聴者も空間が分かりやすいんじゃないかと思っています。

昔、宮崎さんが「アニメは10秒で歩けるところを3秒で歩くのもアリ」みたいなことをおっしゃっていたのを読んで、こういう省略もありなのではと思ってますね。

── 省略と言えば、背景が省略されていますよね。全体的に線が強調されていて、白い印象が強い。そういうのもアニメではあまり見たことがないと思ったのですが。

湯浅 原作にも、試合に集中すると周囲が真っ白になるという描写がある。自分の学生時代がそうだったんですが、周りが目に入ってないから“色”を感じないんです。僕の場合、夜景がきれいなんだって感じたのは大人になってからだったし(笑)。そういう意味で『ピンポン』は、自分の学生時代と気分が重なってる部分もあります。

色のないコンクリートの壁やくすんだアスファルト、白い空に囲まれて、ひたすら卓球に打ち込んでいるペコたち。おそらく、そんな彼らの目に入る“色”は卓球ラケットの赤いラバーやブルーのテーブル(卓球台)だけ。最後に、卓球という世界から抜け出た者だけ、世界が色に満ちた空間に変わるんです。

── それは漫画やアニメだからこそ、ですね。実写で表現するのは難しい。

湯浅 アニメだからこそではあるんですが、実現するためには細かな指示が必要になる。アニメはシステムで制作しているので、リアルめに描き込まれたノーマルな背景を入れる方が楽ではあるんです。ケースバイケースで描かない方が、逆に手がかかってやっかいという状況にもなる。でも、原作漫画では、作者がちゃんと意図的にそういうことをやっているわけだから、僕たちもそうしないといけない。漫画の完成度が高ければ、僕としてはできるだけ技法を足して広げた作り方をしたいと思っています。

脚本がなくても絵コンテが設計図みたいなものになる

── その漫画自体の完成度の高さと、本作には脚本の存在がなかったことは関係しているんですか?

湯浅 ある程度は関係していると思いますね。できる限り原作の絵をそのまま使ったような感じにしたいと思って、アニメにするために必要だと思うことだけを、ちょこちょこ調整できればいいと考えていました。コマの形やサイズも違うので、絶対に必要になるのは、意味合い的な置き換えというか、細かなトランスレート。そんな細かい指示はできませんし、原作とアニメの間に、何かを挟んで置き換えてしまうと全然違う絵になってしまうので、間をなくしてひとりで細かい判断をした方がスムーズに進むだろうと思ったんです。

以前、原作漫画から脚本を起こした作品のコンテを担当したことがあったのですが、監督から了解を得て、脚本は使わずに原作を見ながら絵コンテを起こしました。監督の意図から外れればめんどくさいことになりますが、そのときは問題にならなかった。理由は上と同じだったと思います。

昔の印象ですが、脚本をそのまんま使う監督はあまりいなかったように思います。絵コンテが設計図みたいなものになるので、脚本を最終的な形まで作り込むことはあまりなかった。監督が絵コンテを他の人に描いてもらうときには、脚本をその監督の意図どおりに作り込む必要はあったと思いますけどね。

宮崎さんも『コナン』(『未来少年コナン』(78))などの場合、自分の描いた絵コンテをベースにしていて、脚本からは逸脱しているのではないでしょうか? 自分で脚本を書く監督でも、コンテを描くときに大きく変わっていくという話はよく聞きます。実際、絵にしていったり、描ける絵で効果的に組み立てて行こうとすると、そうはならないことも出てくる。画で分かることは言葉にしなくてもいいと思いますし。そうやって大きく変わったとしても、脚本に自分の名前はクレジットしないのが、日本アニメ業界のお約束でもありました。脚本家も、変わることに理解ある方が多かったように思います。

でも最近は、ハリウッド式のプロデューサー&脚本家主導、チーム主導の作り方も増えてきたので、これも昔の話になるのかもしれません。もちろん自分のシナリオに手を入れてほしくないという脚本家の方は、昔からいらっしゃったと思いますしね。

いつかアニメ化したい『花男』は既に構想も!

『花男』 ©松本大洋/小学館

── 松本さんの他の作品で、アニメ化したいというはありますか?

湯浅 叶うなら何でもやってみたい気持ちはありますが、僕は松本さんの初期の作品、『花男』が大好きなんです。長嶋茂雄に憧れているダメおやじのお話なんですが、彼が最後に輝く瞬間があって、そこが素晴らしい。ヒネクレ者の子供のませたセリフもとてもよくて、『ピンポン』のオババのようなハードボイルドなキャラクターも登場する。画もまだ完成されていない部分があり、怖気ることなく絵を作れるスキもある。

何度か企画を出していたんですけど、ダメおやじのキャラのぼんやりした印象が問題になって、GOサインは出ませんでしたね。近年またどこかで動いているという話も聞いたので、他で映像化されるかもしれませんが。

でも長期的には諦めていなくて、構想も既にあります。江の島が舞台だからなのか、原作漫画のコマに、物語とは関係ないヘンな生き物が登場していて、そういうのも再現すると面白いと思っています。長嶋茂雄のところはご本人の実写動画を使わせてもらい、OPとEDは奥田民生の『息子』と『愛のために』という曲。それでもう完璧じゃんって(笑)。

取材・文:渡辺麻紀 撮影:源賀津己