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湯浅政明 挑戦から学んだこと

『四畳半神話大系』あっての『夜は短し歩けよ乙女』

全13回

第7回

── 『夜は短し歩けよ乙女』を語って頂く前に、2013年に湯浅さんたちが設立させたアニメ制作スタジオ、サイエンスSARUについてお伺いした方がいいですよね。このスタジオは“フラッシュ”というテクニックを使って制作している。“フラッシュ”というのはどういう技法なんでしょうか?

湯浅 とことん簡単に言っちゃうと、切り絵アニメみたいな感じかですかね。たとえば目を描く場合、基本となる目の輪郭を描き、それを変形させながら使う。瞳も作って目の輪郭の上に乗せ、大きさを変え、パースがあるように形を歪めて、目の輪郭と連動させながら動かす。睫毛も別に連動させ、ハイライトも動くならそれも別に連動。ばらばらのパーツを組み合わせ、それぞれ連動させながら変形することで1枚の画が動いているように見せるんです。

かなり手の込んだ作業になるので、複雑で繊細な描写ほど洗練された技術が必要になりますが、強みは自動中割(※中割=原画と原画の間を自然な動きでつなぎ、動いているように見える絵を描く作業)ができること。下手するとデジタル感が強いんですが、それを調整することで、とても自然な感じになる。線を1本引けば、それをいくらでも拡大したり縮小したりして使うことが可能です。ビルにかける巨大な布にプリントするなんて場合も、そのまま拡大して素材として使えるかもしれませんから。その手法に長けた人たちと知り合えたので、フラッシュに特化した会社にしようということになったんです。

そういう制作会社の必要性を感じたのは、企画を進めていても、大きなスタジオでは小回りが利かず、順番があったり、通りやすい企画優先になったりと、個人だと壁に突き当たったりしたことが何度かあったからです。それでとりあえず自分たちでやってみようということになった。

フラッシュ(現Adobe Animate)を使うアニメーターは作画から動画・彩色までひとりで完結してしまうので、背景さえ作れればひとりでムービーが完成しちゃうんです。

── フラッシュを最初に使ったのは『アドベンチャー・タイム』の1話『Food Chain』(13)ですね? これはアニー賞のTV部門監督賞にノミネートされています。

湯浅 そう、出品していただいたんです。

カートゥーンネットワークの『アドベンチャー・タイム』シリーズには、ときどきゲスト監督のエピソードというのがあって、招かれた監督はシリーズを無視して自分の好きなテイストで自由に作っていい。僕もこのシリーズは、アニメ監督にとって理想的な形だと思っていたし、大好きだったので、やれることになってとても嬉しかったんですよ。

その頃、他のアメリカやヨーロッパのスタジオを見学するチャンスもあり、環境の違いを実感できたのも、スタジオを運営していく上で大きな刺激になりました。

映画化を睨んで準備していた『夜は短し歩けよ乙女』

── で、サイエンスSARUで最初に手がけた劇場用の長編が『夜は短し歩けよ乙女』です。原作者は『四畳半神話大系』の森見登美彦さんで、同作と何人かのキャラクターが重なっていますね。私は同じ森見原作では、こちらの作品の方がダンゼン面白かったです。

湯浅 それはよかった。実際には全編フラッシュで制作した『夜明けを告げるルーのうた』の方が先に完成していたんですけどね。

『夜は短し歩けよ乙女』は急に決まって、結構タイトなスケジュールで作られたんです。というのも、以前マッドハウスで『四畳半神話大系』をやっているときに、続けて『夜は短し』もアニメ化するかもよ、みたいなことを言われていました。確かに、森見さんの著作の中では当時、この作品がもっとも有名で人気も高かったので、その前に『四畳半』をやるという話だったんです。だから僕も『夜は短し』をにらんで『四畳半』を作ったところがある。

森見さんの初期大学生三部作は、濃くて暑苦しい感じの一作目から、二作目、三作目となるにつれ、ポップで軽やかになってゆく印象があるのですが、アニメ版の『四畳半』が原作よりポップな印象になっているのは、よりポップな『夜は短し』に繋がる印象を意識したからです。

実際『四畳半』が終わってから上田さんと映画化の準備はしていて、監督は別の方を立てる予定でしたが、立ち消えになって。あちこち放浪して再び僕のところに回ってきたので、逃してなるものかと、一気呵成に作った感じになりましたね。

一度映画化を睨んで準備していたこともあって下地はすでにあり、タイトなスケジュールでも作りきることができました。間に合わせるよう、自分で脚本やキャラ原案の上がりの催促もやってました。キャラクターも重なっているし、『四畳半』あってのこの企画なので、できる限り同じスタッフ、同じ絵柄で作ることにしたんですが、問題はこれも4つのエピソードで構成されていて、表題のように夜歩いているエピソードはひとつだけだったというところ。

『夜は短し歩けよ乙女』Blu-ray&DVD発売中 発売元:東宝/フジテレビ 販売元:東宝
(C)森見登美彦・KADOKAWA/ナカメの会

── でも、アニメではずーっと歩いていますよね?

湯浅 歩かせたんです(笑)。というのも劇場用のアニメの場合、4つの話をそのままオムニバス構成にすると、絶対満足度にバラツキが生まれると考えたんです。「1話目は良かったけど、他はダメ」とか。そういう事態を避けるためにも、90分でひとつの話にした方が満足度が高くなる、。4つの話の満足度が足し算になると考えたわけです。観客に一番楽しんでもらえる映画の構成を選んだ結果、主人公をひと晩中歩かせ続けることにして、4つを一晩の話にしたんです。

原作からの変わりように原作者も絶句!?

── 原作者の森見さんや、彼のファンの方々はどういう反応でした?

湯浅 やっぱりというか、賛否両論でもありましたね。「大胆でいい」という人もいれば、全体の雰囲気が「森見さんの作品じゃない」という人もいた。森見さん自身も試写会に来て絶句してましたから。

── 絶句、ですか?

湯浅 そう。僕は4つまとめたとはいえ、森見さんのテイストで作ったつもりだったんですが……。森見さんは「よし! 何があっても褒めよう」という覚悟で試写に臨んだにもかかわらず絶句でしたからね。

どうでしたか?と僕が尋ねたら「あああああ」という感じだったし、後から聞いた話では「自分の作品がこうなるんだとショックだった」とおっしゃっていたって。森見さんはいつも正直に感想を述べてくださるので面白いんですけどね。原作が好きだという出演者の方々の感想も気になったし、原作者の方の本音はもちろん気になる。しばらくして、「慣れてきた。これも良かった」という感想は森見先生からもいただけましたけど。

── やっぱり4つの話をひとつにまとめたせい、なんでしょうか? 原作を知らない私は、何の違和感もなかったですけどね。

湯浅 内容が変わることは想像していたけれど、その変わりようが想像以上だったということだと思います。派手に感じられたかもしれない。ご自分で生み出した分身のような作品なので当然、ハッキリしたイメージがあり、変わったとしてもここまでではないだろうと思っていらっしゃったのかなと。

自分としては、変えたつもりはあまりなく、映画として必要な解釈や表現をしたつもりだったのですが、やはり“読み”が違ったのかなと思います。

原作を読んでいた方も、反応はいろいろでした。本の感じがそのまま出ているという人もいれば、違うからダメだという人もいた。1冊1年の話を90分にまとめたので、急ぎ足に感じる人もいたんだろうと思います。

それに、あの顎のふくらんだ樋口師匠。小説のあとがきで羽海野チカさんという人気漫画家の方がイメージ画を描いているんですが、結構なハンサムキャラなんですよ。あと本の神様。これも小説では美少年だったのを、僕は『四畳半』のメインキャラ小津に似せたいたずら好きの子供にしてみせた。それに原作では難しい演劇をやっているんですが、僕はそれもミュージカルに変更した。映像の場合は絶対、ミュージカルの方が伝わるし、内容もシンプルな方が、映画の時間の流れの中でも受け取りやすいだろうという判断でした。

── その辺が、とても面白かったんですけど。ということは、ときおり挟まれるカウボーイもアニメのオリジナルなんですね? あれは『トイ・ストーリー』のカウボーイ、ウッディのパロディだと思って笑っちゃいましたよ。

湯浅 『四畳半〜』の小説にジョニーというキャラクターとして出てくるんですが、外見イメージはなかった。そこでまず、無邪気な明るいイメージを考えてみたらはしゃいでるカウボーイが頭に浮かび、あのデザインになったんです。このキャラクター、『夜は短し』の原作にはそれほど登場してなかったかもしれないんですが、この流れだと出した方が面白いだろうと思ったんです。

典型的なカウボーイのキャラクターを考えたら、ウッディっぽくなったという感じでしょうか。似ているという人が出てくるだろうとは思いましたが、僕は意識したわけでもないんです。

── 性欲とディズニーはもっとも遠い関係なので、そういう皮肉を込めたのかと深読みしちゃいました(笑)。

湯浅 いや、そういうつもりはまるでないです(笑)。

『夜は短し歩けよ乙女』で経験した新たな気付き

── 『夜は短し歩けよ乙女』では、どういうことに気づきましたか?

湯浅 自分が思っていた演出の問題や難点は、他の人のそれとは違う感覚かもしれないということが以前からあって、この作品はこう観てもらえるだろうと思ったら、そうじゃなかったことが多かった。それが『四畳半』で結構薄まったので、本作では少し自信を持ってチャレンジしたんです。でも、内輪の評判は良かったですが、原作ファンの方や演者のファンの方には違うふうにも映っていて、その溝がまた広がってしまったのかなあと思いましたね。

京都の描写に関しても、今回もちゃんとリサーチして再現したつもりだったんですが、それでも「分かってない」「描けてない」という人もいて……。ちょっと分かりませんでした。

ただ、海外の観客からは「オレらの学生時代はまさにコレ!」という意見が多かった。これは嬉しかった。自分の作品の中でも評価が高い方だと思います。

── 言われてみれば、リチャード・リンクレーターの青春映画っぽいかもしれないです。バカする大学生の話ですから(笑)。

湯浅 その頃ハッキリしたのは、原作を読んでいる方、その他連動作品を観た方の「原作を読んでいないと分からない、●●を見ていないと分からない」という声はそんなに気にするほどでもないなということ。観客はやはり自分で考え、補って観てくれているのだなと思いました。

取材・文:渡辺麻紀 撮影:源賀津己