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湯浅政明 挑戦から学んだこと

作り手の“ワクワク感”が視聴者にも伝わった『映像研には手を出すな!』

全13回

第12回

── さて、次はNHKでオンエアされていた『映像研には手を出すな!』です。これは湯浅さん作品の中で最大のヒット作になったのでは?

湯浅 どうなんでしょう? その後も忙しかったりコロナも始まってしまって、人に会うこともほとんどありませんでしたから、実感を味わうようなことはなかったですね。TVだと数字なんかも出ませんから、いまいちピンと来ないんです。

古巣の亜細亜堂の方が「湯浅さんもとうとう来ましたね」とか言っていたなんてウワサも耳にしましたが(笑)、正直、自分ではあんまり実感がない。むしろ、もっと上手くできたはずだくらいに思ってました。それでも評価が高かったのは、やはり原作が描いている内容が皆が求めていたものなんだな、くらいに思っています。

僕が、会社(サイエンスSARU)を出たのも放送が終わった直後で、大きな喪失感もあり、気分が凹んでいる時期だったことも影響しているのかもしれないですね。実際どうだったんだろう?

『映像研には手を出すな!』 ©2020 大童澄瞳・小学館/「映像研」製作委員会

── いや、亜細亜堂の方がおっしゃっているように、“来た”んじゃないですか? メチャクチャ面白かったし、そもそも湯浅さんにぴったりの企画だと思いました。

湯浅 SNSで大童澄瞳さんの原作漫画が話題になっていて、「アニメ化するなら湯浅がいいんじゃないの?」みたいな書き込みがあったので、読んでみたんです。確かにとても面白くて、主人公たちの頭に描いた映像が実際にアニメとなって動かされていく過程が、自分が仕事で味わった醍醐味に近かったので、やってみたいという気持ちになりましたね。その頃、すでに他で企画が動いているようだったので諦めていたんですが、嬉しいことにNHKから声がかかったんです。

── NHKの人も同じように考えていたんですよ、きっと(笑)。いいところがたくさんありますが、まずキャラクターがとても面白いですよね。とりわけ金森氏! もう最高じゃないですか?

金森さやか ©2020 大童澄瞳・小学館/「映像研」製作委員会

湯浅 みんな金森氏が大好き。僕も金森推しですね(笑)。3人を平等な露出にすると金森氏の個性が強すぎるので、ひとり勝ちになってしまう可能性もある。少し控えめになるくらいを心がけました。この作品は、いわば熱血もの。そういうアニメの場合、ほぼ全員が熱血で、仲間内に金森氏のような冷ややかで現実的なキャラクターはまず出てこなかった。そういう意味でも新鮮だったと思います。

しかも金森氏って、お金にうるさいプロデューサーのわりにはクリエイティブを尊重してくれるじゃないですか。口は悪くてシビアだけど、そのへんはちゃんとしている。そういう意味では作り手が考えた理想のプロデューサーなのかもしれない。実際の現実では、現場をちゃんと理解した上で営業力もある人なんて、あまりいないと思うし(笑)。大概はどちらかに偏っていて、足りないところを別の人が担ったり、監督がフォローしたりというのがほとんどだと思う。だからこそ、理想なんでしょうけどね。

── 知性で論破するところなんて憧れますよね。立て板に水のごとく、理路整然とした言葉があふれ出る。金森氏はアニメ業界の救世主だったりして(笑)。

湯浅 重要な場面で、きちんと外に対して駆け引きできるのはいいプロデューサーだと思いますよ。ああいう人がいてくれれば、アニメ業界が変わるかもしれないと思った人が結構いた、なんて話も聞きました。なかなか改善できないアニメ界の諸問題を、金森氏ならどうにかしてくれるんじゃないかと思わせてくれるからみたいです。まさにアニメ業界のファンタジーな救世主(笑)。

アニメ関係者の願望として、金森氏みたいなプロデューサーがいれば、待遇を良くしてくれて作品作りに集中できるのにと思ったり、水崎氏みたいなアニメーターがいれば演出に集中できるのにとか、金森氏からすれば、浅草氏と水崎氏がいれば何かできそうだと考えるのは当然のことだと思います。すべては願望であり、ファンタジーみたいなものなんですが、それでも彼女たちの発する言葉はあるある感が高く、覚悟や妥協の仕方なども共感するところが大きいんですよ。

金森さやか ©2020 大童澄瞳・小学館/「映像研」製作委員会

── キャラクターは原作漫画どおりなんですか?

湯浅 主人公の3人はほぼ原作どおりですね。大童さん自身がアニメ制作にも精通されてる方で、自分の考え方を3つのキャラクターに分散しているんだと思います。実際にアニメの制作現場で働いた経験はないのに、ものを作るプロセスや何らかの出来事、そういうときのクリエイターの感情にも詳しい。それでいて、原作コミックには、多岐にわたる物事の知識やディテールがとても細かく描かれているので、多方面のおたくの人たちが感動したというふうに聞いています。

── 湯浅さんはこの3人の中では誰に近いと思います?

湯浅 僕もそれぞれの要素があると思います。

作画を始めた20代の若い頃は、水崎氏みたいな感じだったんじゃないかな。とにかく描きたい、上手くなりたい、表現したいという気持ちが強かった。『クレヨンしんちゃん』の設定をやり始めて、浅草氏みたいな感覚が生まれました。設定にすっかりハマって、世界を作りたいと思っていたから(笑)。演出を始めて以降は人とのやりとりが増えて、金森氏のような考えが生まれてきた。

そうやって考えると、この仕事に携わっている人には、何かしら思い当たる節があるから面白いというのもありそうですね。

水崎ツバメ ©2020 大童澄瞳・小学館/「映像研」製作委員会
浅草みどり ©2020 大童澄瞳・小学館/「映像研」製作委員会

── 浅草氏は宮崎(駿)さんを意識したんですか? エプロンをつけて髭をたくわえているシーンもありましたよね。そもそも、彼女のアニメに対するアプローチが「こういう画を描きたい」というところから始まっているので、宮崎さんに近いと思いました。彼女がアニメにハマる原因になった作品も『未来少年コナン』としか思えない作品でしたし。

湯浅 浅草氏は、イメージが先行して、ストーリーや構成が後からついてくるタイプ。ボードを描くのが宮崎さんっぽいと思ったので、エプロン&髭のシーンを入れてみたんです。何か軽さを出さないと、シリアスになりすぎるようなシーンだったので、そうやってパロってみるのもアリかと思って。あまりシリアスになりすぎると『映像研』っぽくないので、少しふざけた要素が必要だったんです。すべってなかったんならよかったです(笑)。

©2020 大童澄瞳・小学館/「映像研」製作委員会

── すべるどころか、大ウケでした。あとは、モノを創る喜びですよね。チームプレイで作品を創り出すプロセスが面白い上に感動的でもある。クリエイターとしては、共感度の高いテーマだったのでは?

湯浅 それぞれ突出した力を持った人たちが力を合わせて成し遂げるのが面白いんですが、実際はそんな仲間が揃う現場はなかなかないんですよ。プロの場合は、3つの力を併せ持った人が中心になって制作が進む場合が多いし、仕事のできる人が他の役職や役割を兼任して補うことも多いと思いますね。個性が上手く合致して助け合うこともあるだろうけど、それを期待すると失敗することが多いかもしれない。

イメージしたものが実際に形になっていく過程の醍醐味

©2020 大童澄瞳・小学館/「映像研」製作委員会

── 本作のハイライトでもある、クリエイトしていくプロセスを映像として落とし込む作業はどうでしたか?

湯浅 実際アニメにしていこうとすると結構大変で、いろいろな問題がありましたね。アニメの中でアニメを作るという状況になるので、彼女たちの日常を描いたアニメ部分と、彼女たちが作っているアニメ部分の差別化をどうすればいいか、少し悩んだんです。

原作には、彼女たちがどういうアニメを作っているのか、詳しくは描かれていない。ただみんなが「すごい!」と言っていて、どうすごいかは具体的には分からないんです。漫画で暗示されているその“すごいアニメ”をどうやって作ればいいんだというのは、この作品を作る上での大きな課題でしたね。実際に“すごいアニメ”を作れればよかったんですが、それはやっぱ無理だと判断して。

©2020 大童澄瞳・小学館/「映像研」製作委員会

── いや、その部分は何の違和感もなかったですよ。3人が自分たちの作ったアニメーションの中で遊んでいるのが、彼女たちの高揚感と喜びを伝えてとても良かったと思いました。

湯浅 日常のシーンは普通に描いて、彼女たちのイメージした設定は水彩画にして、パースをつけて立体的に表現したんです。“パースをつけて立体的にする”というアイデアが浮かんだときに、差別化ができてやっと全体像が見えてきた感じでしたね。

この作品の場合、アニメが完成するまでのプロセスを見せるわけですが、でき上がってないハンパな画だとカキワリっぽく見えてしまう危険性があった。それに平面的な画だと、まるで看板の前に立っているような感じになってしまう。だけどそこに奥行きを与えると、ちょっと違う見え方になるんです。僕が設定を考えているときも、本作のように実際にその絵のイメージの中に入っていく感覚なので、それを大切にした感じです。

撮影の方から、普通に作画した動画も水彩画風にできる方法があることを教わったので、それを使って動画も水彩画風にできたのも良かったです。『山田くん』(『ホーホケキョ となりの山田くん』(99))のように、緻密で大変な作業になると無理だったんですが、作画的には何もしなくていい方法だったので助かりました。

©2020 大童澄瞳・小学館/「映像研」製作委員会

── 彼女たちのワクワク感が、観ている方にも伝染する感じでした。そこはやはり、クリエイターとして共感したせいなのかなと思ったんですが。

湯浅 そうです。原作にはいろんな面白さがありましたが、僕がもっとも共感したのは、イメージしたものが実際に形になっていく過程の醍醐味です。宮崎さんが水彩で描いたイメージボードに憧れた時期があって、『しんちゃん』の設定をやっているときも、水彩で色をつけた絵をたくさん描いていましたね。鉛筆画より簡単に、しかも短時間で内容が分かるし、細かく色をつけることもしなかった。それもあって、その絵が採用され立体的に動き出すとワクワクしていたんです。

なので、そういうワクワク感を今回のシリーズを通してのテーマにしようと決めたんです。作品ができ上がる瞬間の楽しさは、裏方だけが感じることだと思っていたのに、観ている人たちも同じように共感してくれた。これは、とても希有なことだと思いつつ、やはり、誰もが何かを創り出しているクリエイターだからなのかな、とも思ったんです。

浅草氏のセリフ「魂を込めた妥協と諦めの結石」はまさに自分自身が感じたこと

── 湯浅さん的にこのシリーズは達成感があったんじゃないですか?

湯浅 いや、達成感はなかったですね。それはこの作品に限らずですけど。大きい小さいはありますが、制作が終わると常に後悔しかない。もっと上手く描きたかった、描けたんじゃないかとか、ここはもっとこうしたかった、できるはずだったんじゃないかとか、そういう後悔がいっぱいです。達成感には程遠い。

画的には『カイバ』(08)や『四畳半神話大系』(10)の方がきれいにできたと思うし、内容的にも『ピンポン』(14)の方が原作の良さを出せたと思っている。だからといって、そういう作品にも達成感があったかというと、やっぱりないですね。

── それは厳しい評価ですね。

湯浅 (笑)。でもそうなっちゃいますよ、やっぱり。だから、『映像研』で浅草氏が口にする「魂を込めた妥協と諦めの結石」というセリフは言い得て妙なんです。後から評価を受けて、良かったのかなと自己評価が置き換わる場合もありますが、やり残したことを思う方が断然多い。そういうことは、次の作品でできるだけ回収したいと毎回思っています。

── ところで、他に何かやりたい企画など、ありますか? 押井さんは「湯浅くんの『パーマン』を観たいなあ」とおっしゃっていて、私も思わず同意してしまいました。湯浅さんが手がけてみたいと思っている作品があれば教えてください。

湯浅 『パーマン』は子供の頃大好きでした。藤子・F・不二雄の作品はおしなべて好きです。彼にはSF短編の漫画があって、ストーリーテリングがとても面白い。そういうのもやってみたいなって思いますね。TVのノリで言うなら『天才バカボン』の最初のシリーズはホームドラマのペーソスやシュールさもあって、コメディのひとつの理想だと思っています。

あとは諸星大二郎の『暗黒神話』。TVでは難しいかもしれないけど、これも『花男』と一緒で、最後に美しく収束する。スサノオ神話やヤマトタケルの神話が現代を舞台に展開するスケールの大きな作品で、とても面白いんですよ。これもやってみたいなーって。

── それは面白そうじゃないですか!

湯浅 でしょ? でも、まだ乗ってくれる人がいない(笑)。なかなか難しいんですよ。

取材・文:渡辺麻紀 撮影:源賀津己

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©2020 大童澄瞳・小学館/「映像研」製作委員会