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伊勢正三 メロディーは海風に乗って

地球の裏側で起こった大合唱

全13回

第12回

撮影:吉田圭子

アルバム『Out Of Town』(1987年9月)から、次の『海がここに来るまで』(1993年6月)のあいだは、6年の間隔が空いている。とは言え、曲作りだけは継続して行っていて、引っ越しをするたびに大量の機材を持ち運んではデモテープを作っていた。そういったことのすべてが『海がここに来るまで』で結実するわけだが、やはりそれにはそれだけの時間が必要だったということだろう。

この6年のあいだに、僕にとって重要な出来事があった。1988年6月から7月にかけてのことだ。今でも鮮明に憶えている。

アントニオ・カルロス・ジョビン。言わずと知れたブラジルを代表する伝説的なアーティストだ。「ボサノヴァの父」として「イパネマの娘」や「おいしい水」などの名曲を数多く世に残した偉大な人物だ。なんと、彼と彼の息子のパウロさんをはじめとしたジョビン・ファミリーと競演することになったのだ。しかもサンパウロで。

撮影:吉田圭子

きっかけは、日本からブラジルへ渡った移民の80周年を記念したイベント「エキスポ-日伯80」に招待されたことだった。けれど──、どうして僕が? 理由は、ブラジルの日系人の方達のあいだで「なごり雪」と「22才の別れ」がカラオケで大人気なのだということだった。当たり前だが、そんなことはまったく知らなかったので驚いた。まさか地球の反対側で僕の曲を歌ってくれているなんて。まして、敬愛するアントニオ・カルロス・ジョビンとそのファミリーとの共演ができるなんて。僕は張り切って自分の曲をボサノヴァ・アレンジにした譜面をいくつも書いて、向こうへ渡る何ヵ月も前に送った。

ところが、実際にブラジルに行って、メンバーの自宅スタジオでいよいよリハーサルとなっても、これがなかなか始まらない。集まって2、3時間も経つのに、まだコーヒーを飲んでおしゃべりしたりしている。その感覚にまずは驚いてしまった。そもそもみんな僕のことなんか知らないから、あまり真面目に取り組んでくれない。というか、彼らは音楽に対して正直だから、自分たちがいいと思わないと気分が乗らないわけだ。彼らの目の色が変わったのは「海風」をやったときだった。音の本気度が違った。それ以降、僕の顔を見ると「イセ、ウミカゼー」と声をかけてくれるようになった。

当時の新聞コピー

とは言え、全体的には遅々として進まないのが実情だった。そこで僕は腹を括って、半分くらいはギター1本でやるしかないと思った。オープニングで「なごり雪」のメロディをバンドのコーラスの人たちにスキャットで歌ってもらって僕が登場するという演出を考えた。練習で彼らが「なごり雪」のメロディを歌い出すと、「おい、なんだよその曲! めちゃくちゃいいじゃないか!」「なんでそれを早く出さないんだ!」とバンドメンバーが口々に絶賛しだした。実際のライブでも弾き語りで歌った「なごり雪」では大合唱が起こった。事前にカラオケで人気がある、とは聞いていたが、日本語のわからない日系3世の人たちがローマ字の歌詞で「なごり雪」を歌う姿を目の当たりにして、僕がここに来るよりも先に、僕の曲が届いていたということを実感できた。

このことは、それ以降の僕の音楽に対する考え方やアプローチの仕方に決定的な影響を及ぼす転機となった。

当時の新聞コピー

「なごり雪」はもう二度と作れないのだと。あれは20代の最初の頃だからこそ作り得た曲だった。だとしたら、40代の自分にしか作り得ない曲もあるはずだ。何かを形だけ真似したものではなく、自分のなかにあるメロディとそれにぴったりと合う歌詞──これこそが僕の追求すべき音楽の真ん中にあるものだということを改めて認識するきっかけとなった。

そうしてできたのが、『海がここに来るまで』に収録されている「ほんの短い夏」だ。これは、10年に1回自分に降りてくるか来ないかというくらいの曲で、100%のエネルギーを曲作りだけに純粋に費やせた作品だ。

アルバム『海がここに来るまで』はオリコンチャートで10位にランクインした。小室哲哉さんのサウンドがチャートを席巻するのが1994年以降だ。音楽を取り巻く空気感はこれまでとは明らかに違うものを纏うようになっていた。そうしたなかで僕のアルバムがトップ10にチャートインしたというのは、時代性を超えて曲の良さが評価されたのだと思っている。

『海がここに来るまで』ジャケット

取材・構成:谷岡正浩

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ライブ情報

『なごり雪』50周年スペシャル 伊勢正三&イルカ コンサート
【日程】
5月18日(土)神奈川・茅ヶ崎市民文化会館
5月26日(日)東京・LINE CUBE SHIBUYA(渋谷公会堂)
6月2日(日)埼玉・サンシティ越谷市民ホール
6月7日(金)神奈川・相模女子大学グリーンホール
6月9日(日)兵庫・アクリエひめじ(姫路市文化コンベンションセンター)大ホール
6月15日(土)宮城・仙台銀行ホール(イズミティ21)大ホール
6月23日(日)鹿児島・川商ホール(鹿児島市民文化ホール 第1ホール)
7月6日(土)奈良・なら100年会館
7月13日(土)佐賀・鳥栖市⺠文化会館
7月15日(月・祝)沖縄・那覇文化芸術劇場なはーと 大劇場
7月21日(日)愛知・Niterra日本特殊陶業市⺠会館フォレストホール
7月28日(日)山口・KDDI維新ホール
料金:9,000円

プロフィール

伊勢正三(イセショウゾウ)
1951年大分県津久見市生まれ。シンガーソングライター&ギタリスト
「かぐや姫」「風」という70年代を代表する両スーパーグループで一時代を築く。
80年にはソロとして、武道館コンサート等も成功させるが、その後、表立った活動は控えるようになる。
93年本格的に再始動。かつて8枚のアルバムでチャート1位を記録したその楽曲は、様々なアーティストにカバーされ、時を経た今もなお多くの支持を受けている。
現在はソロのLIVE、他のアーティストとのコラボレーション、コンサートプロデュース等、幅広く活動している。

■公式サイト:https://www.ise-shozo.com/