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『波よ聞いてくれ』は原作ファンの期待を超える“ラジオ的”アニメに 驚くほど忠実な“脱線”の醍醐味

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リアルサウンド

「ラジオのお客さんて、どこかしら話し手の脱線を待ってるところあるじゃないですか」

参考:『鬼滅の刃』原作大ヒットで熱狂的人気を獲得 売り上げを拡大させたTVアニメの威力

 沙村広明による青年漫画『波よ聞いてくれ』に登場するこの台詞には、学生時代からラジオに慣れ親しんできたひとりとして、思わずハッとさせられた。

 そう、ラジオというのは、「脱線」こそが魅力なのだ。パーソナリティの人柄やスキルにより、時に意図的に、あるいは偶発的に発生する「脱線」。それを経験した話し手と、無事に聴き届けたリスナーが、一種の共犯意識を持つ。何度もそれが行われ、地層のように積み重なり、やがて番組のカラーが決定されていく。まるで、リスナー各人も番組制作に一枚噛んだかのような錯覚。ここに、ラジオの醍醐味があるのではないだろうか。

 そんな醍醐味こそを個性とするのが、2014年より『月刊アフタヌーン』で連載中の漫画、『波よ聞いてくれ』である。舞台は現代、北海道札幌市。スープカレー屋で働く主人公・鼓田ミナレは、飲み屋で語った失恋の愚痴を秘かに録音され、そっくりそのままラジオ番組で流されてしまう。激昂し、仕事を放り出して藻岩山ラジオ局に乗り込むミナレ。しかし、待ち受けていたディレクターの麻藤は、そんな彼女をなし崩しに生出演させるのであった……。

 本作は、地方ラジオ局の内情や番組制作を扱う物語だが、いわゆる「お仕事作品」とは一線を画する。ミナレという「強い」タイプの女性主人公が、躊躇なく自らの無軌道ぶりを発揮し、周囲を豪快に巻き込んでいく。その闊達な生き様を見届けるような、ハイテンションなエンターテインメントだ。

 ミナレの人生は、まさに「脱線」の連続。開幕早々、自分を騙した恋人に啖呵を切ったかと思えば、スープカレー屋からのクビを宣告され、藻岩山ラジオ局の女性アシスタントディレクター・南波瑞穂の自宅へと転がり込む。与えられた冠番組はド深夜3時半の枠だったが、空白だらけの台本を前に驚異的なアドリブを披露。架空実況という「てい」で、遺体遺棄やヒグマとの格闘を、次々と演じてみせる。ラジオ局の外へ収録に行けば警察を呼ぶはめになり、遠方に取材に出かければ宗教法人の計画に巻き込まれ……。最新の展開でも、ひとつのお話が終わる前に、未曾有のアクシデントが彼女に襲い掛かる。

 『波よ聞いてくれ』は、まるで作品そのものが、ラジオ番組特有の「脱線」に満ちているのだ。一寸先が読めない予測不能の連続は、「お仕事」にも「恋愛」にも「ご当地漫画」にも属さない。あるいは、その全てを内包しながら、良い意味で訳の分からない方向にアクセルが踏まれ続ける。

 端役かと思われたキャラクターが予期せぬ方向から本筋に絡み、それぞれ別に存在していた点と点がみるみるうちに線に繋がる。そんな無軌道な番組のパーソナリティこそが、我らが鼓田ミナレ。彼女の生き様が、この「番組」の推進力として機能する。

 作者自ら「読むラジオ」と語る本作は、音が聞こえない漫画という媒体でありながら、会話劇として独特のテンポを有している。パラパラとページをめくれば、その誌面にぎゅうぎゅうとフキダシが詰め込まれているのが印象に残る。軽妙なテンポで交わされる会話は、ツッコミとボケの高速ラリーから、本筋とは無関係のボヤキまで、とにかくバリエーションが豊かだ。月並みな表現だが、「会話が聞こえてくる漫画」とは、こういう作品を指すのだろう。

 さて、そんな『波よ聞いてくれ』は、2020年4月よりサンライズ制作でアニメが放送されている。「読むラジオ」という特異さを持つこの漫画を、どうアニメにするのか。主人公が終始トークを絶やさないテンポ感を、過不足なく映像に置き換えることができるのか。何より、無軌道な「脱線」ぶりを、どのようにシリーズとして構成するのか。原作ファンのひとりとして、実のところ、放送までは若干の不安を感じていたのが本音だ。

 しかし、そんな不安は開始早々に払拭される。

 何より、鼓田ミナレ役・杉山里穂の見事なパフォーマンスに圧倒されてしまった。原作漫画から声が聞こえてくるはずもないのに、この声質やイントネーション、荒げ方のニュアンスは、間違いなく「ミナレの声」。ぼんやりと頭の中にあった彼女のイメージが、急速に実在感を持ち始める。約24分の本編において、とにかくミナレが喋り続けるのだが、全くもって飽きが来ない。自身も北海道出身という杉山の熱演には、思わず耳が惹きつけられる。がらっぱちで芯が強い、これ以上ない「ミナレの声」だ。

 また、他のキャストにも注目したい。ミナレをラジオ業界に引きずり込むディレクター・麻藤兼嗣を演じるのは、藤真秀。映画『007』シリーズにおけるダニエル・クレイグの吹き替えを担当するベテランである。家賃が払えなくなったミナレをこころよく自宅に迎え入れる女性アシスタントディレクター・南波瑞穂には、2019年の第13回声優アワードで新人女優賞を受賞した石見舞菜香。「イケオジ」な放送作家・久連木克三には、『進撃の巨人』でケニー・アッカーマンを演じた山路和弘が起用されている。何かといわくつきのミナレの元カレ・須賀光雄に浪川大輔というキャスティングも面白い。

 シリーズ構成で注目したいのは、大胆なエピソードの入れ替えだ。原作でも序盤の見せ場である「ヒグマとの格闘(という架空実況)」を、なんと初回の冒頭に配置している。このヒグマはアニメのメインビジュアルとしても先んじて公開されたが、「単なるお仕事ラジオ作品ではないぞ!」というメッセージとして、充分な機能を果たしている。原作を知らずにアニメから観た人は、架空実況という妙なシチュエーションに、思わず「耳を」疑うことだろう。ミナレの類まれなアドリブセンスを印象づける構成だ。

 演出面においては、原作特有の「ぎゅうぎゅうに詰め込まれた高速会話劇」が、驚くほど忠実に再現されている。分かる人にしか分からない細かなネタや、映画やテレビ番組のオマージュなど、その全てが時にツッコミ不在のままハイペースで流れていくのだ。本筋に直接関係のないやり取りが数多く盛り込まれているのも、実に「ラジオ的」である。

 音楽や演劇など、「演」の要素を扱った漫画が映像化される場合、そのクオリティには期待と不安が集まるものだ。この点、『波よ聞いてくれ』は、作品そのものの「脱線」構造を含め、映像への翻訳が見事に成功していると言えるだろう。ラジオ特有の、「電波に乗った声」の質感。これだけでも、たまらないものがある。

 本作のために書き下ろされたtacicaによるオープニングテーマ「aranami」は、サビの歌詞が実に印象的だ。「今日より明日がどうとか言ってる内に今日は去って」。一見予定調和のように過ぎ去っていく毎日は、時に荒波のように非日常に姿を変える。そんな、どこに向かうか分からない「脱線」の日々だからこそ、個々人の生き様が指針となる。膠着した状況をことごとく動かしていく鼓田ミナレの日常は、2020年春の「観るラジオ」として、多くの視聴者に活気を与えることだろう。(結騎了)